274. 見込みある鉱脈 2
274. Promising Vein 2
「では態々、移動して来たと言うのか…?」
「こんな辺鄙なところまで。」
その日はもう休むと言ったのだが、Teusはそれを当然許してはくれなかった。
代わりに歓待の食事を提供し、口のもぐもぐが収まるまで、話を聞いてくれるだけで良いからと。
まるで俺が、顔を見せに来ただけで、直ぐに帰ってしまうと言うのを引き留めるように。
そんなに慌てた様子を見せるな。
此処は、お前にとっての避難所であっても、病室なんかでは断じてないだろう。
「ああ、俺達がこの島に降り立った場所は、此処じゃないよ。」
Teusたちが、俺と袂を分かってからの経緯を、聞かされている所だ。
十分な広さを有した断層の亀裂は、お誂え向きの洞穴とまでは行かないものの、嘗ての古巣を想起させる冷気が充満しており、全く持って、居心地が良い。
腹這いとなって、夫妻の腰かけとなり、彼女の膝元でSkaが甘えようものなら、もうそれは俺が渇望した平穏そのものだ。
「君がいるとしたら、此処じゃないかなって。」
「Skaに、探して貰ったんだよ。ね?」
“えへへ、見つけるの結構大変でした。”
良く見つけたな、と正直な感嘆が漏れた。
“その本拠地から此処まで、どれくらいだ。”
“Fenrirさんと鉢合わせた場所と…同じぐらいの距離だと思います。”
“なんだと?よく此処まで連れて来れたな。”
“2往復背負うぐらい、どうってことないです。”
“…感謝しても、しきれそうにないな。”
俺に代わって、たいそうな苦労をかけてしまっていたようだ。
容易に動き回れない二人の眼と耳となり、脚まで代わってくれるとは。
その上、こうして俺を巡り合わせてくれたのも、彼の努力がもたらした僥倖であるのだ。
「お前もはぐれてしまっていたらと思うと、心底ぞっとする…」
「間違いないね。Skaのお陰で、どうにかなってるよ。ほんと、ありがとうね。」
“それほどでも無いです…!”
文句なしに、主人公のはたらきぶりであったのだな。
「…しかし成る程、つまりお前達の視点では、俺も一緒に此処に降り立ったものの、初めの段階ではぐれてしまったと考えたのだな。」
そうだと考えるのは自然な推論だ。だが、此処を拠点とするまで思い切ることは無いだろう。
確かに俺がLyngvi島を一匹で歩き回ったなら、いずれ此処を住処に選ぶことは想像に難くない。
お前の推察は大変鋭いものと感心したが、俺だっていずれ、お前の居場所を突き止めるだろう。
別に、いずれやって来るだろうと腰を落ち着けて待っていてくれれば良かったのだ。
「何言っているんだ。居ても立っても居られなかったに決まっているだろう。」
「そう言うところだ。お前は時折感情に従って、軽率な行動に走る…」
「今回は君を信じられなかったとか、いいや、そう言うんじゃない。」
「では……」
「始めは、本気でぶちキレてたんだっ!!」
Teusは思い出したように、俺の毛皮を力任せに引っ叩いた。
うっと声が出てしまう程には、面食らって、びくりと耳が跳ねる。
それだけ彼の激昂が、嘘偽りないものであったのだ。
「Fenrirの奴、本当にやりやがったって!!」
「……?」
「自分だけヴェズーヴァに残って、俺とFreyaだけをLyngvi島に送るつもりだったって…」
「冗談だと思ってたのにっ!!」
「そ、それは…」
「早く真相を確かめたくって、それだけに躍起になってた…!」
「す、済まなかった…まさか俺も、こんな帰結に遭わされようとは…」
Skaがすかさず、俺にだけ分かるよう小声で付け加える。
“最初の何日かは、本当にお怒りで、暫く口きいて貰えませんでした。”
“そんな…何故お前にまで、八つ当たる必要がある。”
“僕も、グルだと思われていたみたいで…”
“……。”
何と言うことだ。
お前の献身さが、窮地で仇となるとは、余りにも理不尽では無いか。
それも俺の軽はずみな冗談のせいと考えると、人間を偽った口は、いつだって禍の元だ。
Skaには、一体何と詫びれば良いか…
「……。」
「そうだ、忘れていたぞ!!」
今度は俺が大声を上げ、腹から直に伝わった振動でTeusが小さく跳び上がった。
「Teus、Freya。すぐさま、Skaを群れの元に帰して良いか。」
「えっ?何?急に…?」
「Skaよ、今すぐに、そのリスポーン地点へ連れて行ってくれ。」
「皆、お前達のことを酷く心配している。」
“それは、どういう…?”
Skaの耳がぴんと立ち、同時にTeusが右手を突いて腰を上げかける。
“ひょっとして、群れに何かあったんですかっ!?”
「ひょっとして、群れに何かあったのか!?」
“いや、決して…”
俺は二人の圧に気圧され、思わず自分の言語選択を見失いかける。
「そういう意味で言ったのではない。どうか二人とも、落ち着いてくれ…」
“じゃあ一体…!?”
Skaを制し、先に平静さを取り戻した発言を聞かせてくれたのは、Teusの方だ。
「Fenrir、彼らが心配してくれているのは、Skaだけじゃないの?俺達って…どういうこと?」
曲がりなりにも、お別れはちゃんとしたつもりだし。
君が置いてけぼりを喰らったこと自体は、確かに不測の事態だけれども。
それで俺達のことを心配してるっていうのは…?
「ああ、その、そうだな。ちょっと語弊があった…」
「実は、お前には言ってなかったが、Skaだけはヴェズーヴァを発つ前から、Lyngvi島との往来を頻繁にさせるつもりだったのだ。」
「あ、そう言うことなの…。」
“そ、そうでした。その予定が大幅に遅れてしまっていると…”
「……。それは、とても良いことだね。」
「でも別に、俺に黙ってするようなことでも無いのに。」
「いや、その…相談するタイミングを逃してしまっていただけだ。」
お前を此処へ連れて行くと決めてから、色々と慌ただしかったから。
こうして落ち着いて、やり取りをする時間も無かっただろう。
「そうだね…、そうだったかも。」
彼ははじめ、訳が分からないという顔をしたが、すぐに視線を落としてそれを肯定した。
「やっと、落ち着いて来たんだ。最近になって。」
「ああ…見るからに、そのようだ。」
「夢に魘されることも、無くなったし。」
どんな夢か、興味が湧いたが、あの日の言動から大体の想像がつくので、黙っていた。
大狼に、地獄の果てまで追い回され、挙句の果てに彼女を連れ去られる夢か?などと、聞ける訳もない。
「温かいって、俺にとってはやっぱり嬉しいことだった。」
「今はしっかり休めて、Freyaと一緒に、良い時間が流れていると思う。」
「だから…ごめん。君の助言を、素直に受け入れられなくて。」
「だが、初めから此処に居れば良かったと思っていないだろう。」
「う……ん…」
「それが俺には、何よりも嬉しかったぞ。易々と群れを置き去りにするような合理さを、俺の良く知るお前は持ち合わせちゃいない。」
「一言余計な…まあ、でも、そうか。」
「俺ね、君があと、二日来なかったら、そっちへ戻ろうと思ってた。」
「……?」
それが、実際に出来ることなのか。それ以前にこの言葉が、本当に過去の意志に基づくものであったのか。
俺は即座にSkaへ視線を落とすと、その真偽を問いただした。
“…だから僕、お二人に代わって、島中を探して回ったんです。”
“どれくらい広いか分からなかったけど、出来る限り色んな所で、臭い付けて、Fenrirさんがそこを通った時に分かるようにって。”
“毎日、ずっと。貴方が姿を現すのを、待ってたんです。”
Ska……。
“僕だって、あんなTeus様、もう見たくなかった。”
“群れのことなんて、今はどうでも良いから。”
“いつもの元気なTeus様に、戻って欲しかった…”
“……。”
「君が来てくれて、本当に良かった。」
「Fenrir。明日、俺も始めに降り立った場所へ、一緒に行くよ。」
「…そこで、Skaを送り出して貰うって言うのは、どうかな。」
「その方が、今の状況を、きっと良く分かって貰えると思う。」