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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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274. 見込みある鉱脈

274. Promising Vein


陽もとっぷりと暮れ、先ゆく狼の動きに、僅かながら活気が漲るのが分かった。


そう告げずとも、(あるじ)の根城が近いのだ。


高々と掲げられていた尻尾が、ふわふわと歩くリズムに乗って戦ぐ。

群れ仲間たちも、そわそわとし始める薄暮の刻だろうという気がふとした。

俺もその内の一匹に加わりたい。その気持ちが今になって、噴出して来る。

きっと、素晴らしい冬景色に背中を押されて、もう我慢がならなって、羽目を外してしまう。

そんな自分を、心待ちにしていたのだと思う。


本来であれば、俺の季節にとって、薄暮薄明は、より神秘的な意味合いを帯びる筈だった。

あらゆる条件が貴方へ近づくのに相応しい。

狼に味方するような冬など、ありはしない。それは皆に平等に、厳しい飢餓の試練を与えるものだ。


にも拘らず、俺が切望して止まなかった季節は、俺の期待を越えるほどに猛威を振るい、縄張りを残らず、根雪で埋め尽くし。

その上この時間帯を、青の世界に変えてくれた。


今や、この土地の何処を探し求めても、俺が求める景色は無い。

何度目かも分からず、俺は遠吠えに変わって嘆息の悲鳴を上げたくなった。



しかし、そんな望郷の意に詩文を拗らせていられるのも、もう今の内だ。

今のうちに毒づけるだけ、毒づいて。絶望して。

此処からは這い上がるしか無いぐらい、気分を堕としておこうと決めていたのだ。

直感的に嫌だなと感じ、反応してしまったものには、次からは目を細めて首を傾げてやれば良い。



Teusの前で、一言でも、楽しくなさそうな素振りを見せてはならない。

それだけはしっかりと心に留めて、ボロを出さぬよう振舞わなくてはならないからだ。


少しでも、二人の滞在が楽しいものとなるよう、俺達が手助けしてやるのは、当然の気遣いでは無いか。


それにあいつは多分、きっと俺のことを怒っている。

殆ど無理やりに、この土地への亡命を敢行させたのは、他でもない俺自身なのだ。

ひょっとしたら、恨まれている所まで、想定しなくてはならない。

最初の数日は、口を聞いて貰えないことも、覚悟しておこう。

要するに、不機嫌になってはならないのだ。



後は…何と言うか。

こう言うと、ちょっと矛盾しているように思えるかも知れないが。

俺はSkaと対照的に、ある種、友好的であってはならないように思えている。


端から、Teusに満面の笑みで鼻先でキスをするような愛情表現は持ち合わせていなかったが。

そうでなくても、俺には俺なりに、彼との接し方があるのだと、考えている。


それは、自分勝手な、驕った考えに基づいた距離感であるのかも知れない。

Teusは、もう一歩、本当は踏み込んで来て欲しいと、感じているのかも知れない。



でも、俺は…そうだな。

結局、今まで通りで良い。

お前と初めて会ってから、二人で過ごして来たような付き合い方が、俺の性には合っている。


そんな怠惰を、許してくれ。

突然お前の目の前で、腹を見せて転がり甘えるなんて、


お前との日々に、終わりが近づいて来たって、

その鋭敏な予知のしるしとして、態度を豹変させるなんて。

出来るものかよ。


そんなものはごめんだ。




だいぶ歩いた。

空模様の判別が難しくなるほどに、夜の帳が降りる。

その色は、冠された名に相応しく無く、漆黒には程遠い。

温かな夕陽が水玉に代わって海に落ち、限りなく広がり薄まったなら、そんな色合いになるだろうか。


後で、高台に登って、じっくりと観察しよう。

星見は、俺の世界に対する位置関係を明確にしてくれる。

まず、俺が元居た世界と、きちんと地続きに繋がっているか。

それだけでも、見知った天狼星を見出すことによって、確かめることができるだろう。


そして、俺達が向かっている方角というのは、それが叶いそうな地形だった。

影だけで最奥に聳えるあの山は、俺が漂着した当初に睨んでいた、弧状に沿った岩山では無いだろうか。


つまり、俺とSkaは凡そ半日で、このLyngviを縦断したことになる。

そんなに急いだ歩調では無いから、距離にしてみれば、80~90km と言ったところだろう。

俺の古巣から、ヴェズーヴァまで、行って帰って来るぐらいだから、そんなに大きな孤島では無さそうだ。

全貌を把握しておくことは、この先生き残るのに重要だからな。

一端腰を落ち着けたら、探索に1、2週間時間をかけるとしようか。

それにあれは俺の縄張りには無かったような地形の隆起だ。是非とも踏破してみたいものだ。







“Teus様っ!!Teus様―――っ!!”


唐突にSkaが走るスピードを上げ、主の元への帰還を告げる。


俺の歩調は、早まる気力も無く。

却って鈍くなってしまった。


やれやれ、結構長かったな。

色々と話したいことは互いにあるだろうが、TeusとFreyaの顔を見たら、もう一度ぐっすり眠りたいぞ。

耳を垂らして困憊の様を示し、そんな風にぼやけば、許されるだろうか。

尻ごみなんて、していないけれど。




疎らになった林を抜け切ると、岩がちな足場が目立つようになる。

ここいらが、森林限界であるようだ。

生憎、山道のようなものは見当たらず、目の前の切り立った岩壁は、此処が行き止まりの麓であることを非情にも来訪者に知らせていた。


しかし、途方に暮れた彼らが雨風を凌げる避難所もまた、幸運にも齎せていたのだ。


岩模様に沿って垂直に走った亀裂。

見上げて目を凝らさないと分からなかったが、相当上まで続いているようだ。

それが縦長の隙間となって、洞穴と言うにはあまりに鋭く三角の入り口を開いている。


もう、気配ですぐそこにいると分かった。




「ああ…Ska、お帰り!待っていたよ。」


ちょっと聞かないだけで、お前の声は懐かしさを帯びていけない。

幾分か覇気を取り戻したように思うが、少しは温暖な環境に助けられているのなら結構なことだ。


「何処に行っていたの、心配したんだよ。」


“ごめんなさい、Teus様、Freyaさん。”


漂って来る臭いの薄さから、彼はSkaが戻るまで、食事を用意して待ち惚けていたと推察できた。

此処で獲れる食物があったとしても、全て彼の味付けに取り込まれてしまっているようだ。これまた嗅ぎ覚えのある臭いが、詰まり気味の俺の鼻を擽る。


ああ、良いなあ。

これで良い。

俺は此処にいないことに出来ないだろうか。

二人とSkaの、他愛のないやり取りを聞いただけでもう、安心しきってしまったよ。

その調子で、ずっと続けて欲しいぐらいにだ。


“でもね、でもね、聞いてください!!”


「うーん、どうしたの?」


Teusは火加減にでも気を取られているのか、それともハイテンションなSkaの機微に気付けていないのか、要求の吠え声に取り合おうとしない。


“Teus様、ちゃんとTeus様が信じていた通りでした!!”


“やっと、お見えになりましたよ!!”


「何、やけに嬉しそうだけど。面白いものでもあったのかい?」



「でもこんなに遅くま、で…」


良い笑顔だ。

久しぶりに見ることが出来て、思いのほか涙腺に響く。




「え……?」





岩陰から、恐るおそる覗かせていた鼻面を、反射的に思わず引っ込めてしまう。






がちゃっん…


「な、んで……?」


彼は手にしていた器を、中身諸とも取り落としてしまった。







「Fen…rir……?」




「Fenrirっ!?」




「Fenrirなのかっ…!?」






「フェンリルぅっ……」



泣くなよ。

感動の再会と言う程でもあるまい。




「ふぇんりるぅぅっ……」





「何故、君が……」



「此処に……!?」



そんなに、おろおろとした表情を見せるな。

まるで、俺が瀕死であるようでは無いか。




だが、待たせて悪かったな。




俺は動かずにいた。

彼の足取りは重く、鼻面に抱き着くのに、今までにない程長く時間を要したからだ。




「……おかえり。Fenrir。」




「ただいま。Teus。」




互いのそんなやり取りは、やはり今まで通りの距離感が必要だったのだ。





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