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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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273. 歌鳥の祝福

273 Songbirds’ Blessing


どれだけの時間を、眠っていたのか分からない。

まだ、頭だけが起きて、身体が動かない。

しばらく、そうしてぼうっとしていようと思った。


ヴェズーヴァから北海岸までの工程を、殆ど不眠で過ごす羽目になったからだ。

流石に、ちょっと疲れた。浮島を探索する気力も無いまま、冷たい風吹く甲板に寝そべって、それから記憶が途絶えている。

ぐっすりと、深い眠りに落ち、夢を見た覚えすら無い。


背中に乗せて散歩をしてやるTeusの気持ちが幾分か分かると思ったけれど、そうでも無かった。

誰かの温もりに預かり、安心して揺さぶられる心地よさを味わいたかったが。

彼女の地盤は余りにもしっかりとしていて、その抱擁は、俺に存在すらも知覚させまいとする。


「……。」


目を見開けば、そこはもう、俺の見たい景色では無かった。



そう、俺は眠りながらも、早起きしてやろうと目論んでいたのだ。

端的に言ってしまえば、空飛ぶ城の淵から、恐る恐る眼下の世界を覗き見るような小冒険がしたかった。


もっと贅沢を言うと、とびきりの奇跡に恵まれて、俺が寒気を覚える程に澄み渡った遥か上空で、オーロラの上を歩くような体験に、見舞わせてくれないか。

一瞬で、終わっても良いから。


それは、きっとSkaのように、翼を与えられた天狼にのみ、許された特権であるのに違いない。

もしかしたら、彼女はそんな機会に巡り合わせてくれたのかも知れなかったけれど。

惰眠を貪るのに夢中だった仔狼は、終ぞその愛情に気が付けなかった。


ああ。


此処は…そう。




湖だ。

対岸も見通せない程に広大で、巨大な海蛇が住み着くほどに深い。


Ámsvartnirアームスヴァルトニル湖。

確か、そのように、手紙の余白には記されていた。


スペルがVitnir(オオカミ)に近かったので、変に記憶に残されている。


そして俺の推測、即ち、俺が今こうして横たわっている島が、惑星の小島であって、それ自身で無いとするならば。


「……。」


本島は、やはりあった。


「Lyngvi……」


人気が絶え、景観を自然に委ねられた無人島であるということは一瞥して感じ取れた。

確かに、喧騒から逃れつつも、浅瀬でゆっくりと寛ぐのに、お誂え向きのようではある。

だが見るからに、南国の楽園という感じはしない。


寧ろそう…これは、何というか…

人ならざる者が住み着きそうな島だ、と思った。

酷い荒れようであると言っているのではない。不気味な霊圧が漂っているのでもない。

かと言って、静けさがそう感じさせているようでも、無さそうだったのだ。


変に昔読んだ寓話を想起させられているだけか。

岩がちな土地から、怪物の角のように孤を伴って伸びた岩山が、最奥に聳えるのが見える。

あれは少なくとも、目に留まる景観だ。

滞在中に、探索してみることにしよう。


首を擡げ、俺はぐるりと身体を捩じってから、身を起こす。

誰も見ていないのを良いことに、前脚を前方に投げ出して大きく伸びをし、後ろ脚から尻にかけてもこれまた伸びをして、大口を遠慮なく開いて欠伸まで放ってやる。


「ようやくだ…」


「ようやく此処まで来た。」


送迎は、此処までらしいな。

どうもありがとう。


「……。」


振り返ってみれば、俺はこの惑星を歩いて回って、もっとよく知るべきなのではと思った。

何も知らないまま、離れてしまったことを、酷く惜しむことを、繰り返してはいないかと。


今俺が立っている小島は、一見してヴェズーヴァと同じぐらいの広さを有しているらしい。

地上から見上げた時に、城の尖塔のように見えたのが、小高い丘にある岩山の連なりだろうか。

あれだけでも、ちらと間近で拝む暇は無いか。


平坦な土地には、驚くことに幾らかの芝生がまだ青々と茂っているのだった。


それが、彼女の鼓動による僅かな息吹であるような気がして、俺は眼下の唐突な春に危うく涙しそうになる。


駄目だ。

名残惜しくはあるが、また貴女は巡るのでしょう。

それまで、暫しの別れだ。







代わりに、昔よくそうしていたように。

声を乗せず、そっと顎下を晒して、挨拶の遠吠えを聞かせ、それっきりにした。


「さて、と…」


「海水浴は、好きじゃないんだがな…」


船の寄港のようには行かないのは分かっているが、それにしても、ちょっと遠すぎやしないか。

もう少し発着に利便性を持たせては如何だろか。俺はOdinにそう強く提案したくなった。



「ああ…」


「…しょっぱくは、無いのだな。」


水面に浸した鼻先を舐めて、俺は呆れた独り言を零す。


何故か、此処は海だと、勘違いしていた。

湖であると、地図上にはそう書いてあるのに。


あまり初めから、訪問先のことを悪く考えてはならないのかもな。

少しはこの土地でも、幸せな出来事が訪れると、期待に尾を膨らませるべきであるのだ。


ザァッパァーーーーーン……


着水の音を出来るだけ激しく轟かせ、俺は前脚で水をゆったりと掻き始める。


「うわっ…(ぬる)いな……」


ヴァナヘイムの凍るような水流からしてみれば、温泉のようだ。

あれは、極寒で湯煙を上げるから良いのに。




…ああ、やはり冬が恋しい。






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