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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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272. 彼女らが隠れた山

272. The Soaring Island


「はーぁ…」


どうして、こんなことになった。

もう、息を切らして駆け抜ける気力も、正直無い。







俺だけ現地集合とか、聞いていないんだが。


気が付いたら、鼻先が、向こう側の壁に突き刺さって。

行き止まりだぞと振り返ってみれば、既に御一行様の姿は跡形もなく消え去っていたのだ。


“……?”


前触れ無き人攫いは、まさに神隠し。

入り口からは、心配そうに残された狼たちが顔を覗かせている。


“だっ、駄目だ…入って来てはならぬ…!!ウッフ!ウッフ!!”


慌てて外に這い出てみれば、時すでに遅しだった訳だ。



もとより、俺を転送させる気は更々無かったのだ。


例外処理を、かけやがった。

俺だけが通過できていない。

招待しておきながら、何という塩対応だろうか。


「ふっざけやがって…」


だが、俺だけの到達を拒んでやりたい、そういう意図は汲み取ることが出来なかったのだ。


何処までも、俺の力量を推し量りかねている。

至る所に、俺がボロを出しそうな罠を張り巡らせ、

到頭、一貫性を保ちきれなくなる瞬間を、今か今かと待ち受けている。


世にも珍しい動物の生態を、暴きたいのなら、勝手にそうしていれば良いのだが。

別に俺は、お前たちに何も隠してなんかいない。


出来ることがあるとすれば、本性を隠しているふりをしながら、

お前たちが望むような言動を見せびらかして、来園者を喜ばせることぐらいだ。


やっぱり、大人しく捕まっておくべきだったかねえ。Teus。

それとも、全力で拒み、初めから、試練の時を回避するのが賢明だったか。

いいや、そんなことしても、いずれはこうなっていた。

俺達は、乗り越えていくしかない。




まあ、今回の件に関して言えば、俺はまたしても、上手くやり遂げてしまった、ということになるな。

彼らは、一見して切迫した瞬間を再現することで、言ってみれば、俺が内に秘めていた才能を、炙り出そうとして来た。


召喚を、遥かに凌駕した。

それでいて、転送の、より高位。

異世界への入門を、この大狼は、会得しているだろうか、と。



再現、とは、じきに訪れる季節に、俺の友がヴェズーヴァの彼方へと攫われた、例の事件のことだ。

あの時の俺は、やっと領界から一歩踏み出すのがやっとの、情けない役立たずだった。


しかしそれがどうだろう。

いつしか俺は、既に第二段階へと前足を踏み入れてしまっている。

それは、Teusを救うために、仕方なく発露させた。確かに、能力の開示だ。


今すぐ、俺が彼らの元に馳せ参じなくてはならないほどの危機に瀕しているのであれば。

当然だ、俺は迷いなく、才能の試練に身を投じただろう。



しかし…残念だったな。


Odinよ、俺はお前が思うような、大狼の存在とは程遠いんだよ。

何も、出来ない。

本当に、何も出来ないのさ。


これで、分かっただろう?

ほら、こうやって地団駄を激しく踏み鳴らし、目的地は何処だと悔しがってやるぐらいだ。






“さあ…どうするんだ?”


随分と静かになってしまったヴァナヘイムであるが。

俺は本当に、此処で留守番していれば良いのか?


“Fenrir…さん…?”


“……大丈夫だ。少し、一匹にさせてくれ。”


群れ仲間たちの戸惑った視線を痛いほど感じながら、俺は先よりも陽の光を増した街中を鼻息も荒く闊歩する。


どれくらいで、Teusたちは返して貰えるだろう。

まだ、俺が演技をしているとでも思っている間は、静観されてしまうのだろうか。


2週間とか、そこらで根競べが済むのならまだ良い。

俺がいない方が、Skaも心置きなく二人に甘えることが出来る。

群れのことを考えるのなら、あいつだけでも今すぐ返して欲しい所ではあるが、それくらいなら、我慢してやれる。


しかし、俺が何らかの努力によって、Lyngvi島への到達を達成する術をこれから身に着ける過程こそが見たいと考えているのなら…これは不味いことになった。


いつまでも、この群れの長を不在にさせる訳には行かない。


当初の計画では、転送の儀を俺が扱えることは、神々の前提としてあるのだから。SkaにヴェズーヴァとLyngviを往来させるぐらいのことはさせてやっても良いだろうと考えていた。


この狼は、転送に耐え得る大狼の血統を有している。

ヴァン川の向こうと、ヴァナヘイムとの世界の双方を満喫するのと同じぐらい、訳無いだろう。


残りのTeus夫妻と俺は、それこそ神々が滞在の終わりを告げるまで、呑気にバカンスを楽しんでいれば良いから。


そんな予定も、今となっては丸潰れだ。

はっきり言って、彼らが本当にLyngviへ飛ばされているという保証も無いし。

喩えきちんと目的地で歓待を受けていたとしても、俺だけがいない事態に狼狽えない訳も無いだろう。




“出来るか…俺に…?”




本当に、俺は神々に望まれる通りに、自ら異世界への一歩を踏み出すしか無いのだろうか?

しかし、どうやって?

そもそも、何故それが、望まれいるのだ?


俺は、そんなこと、これっぽっちもしたいと思わない。

転送の呪文で、もう懲りたのだ。

俺は結局、友達を、そんな力で救えないと知った。


或いは、Teusへの賛同とも言えるだろうか。

俺は、神様としての地位を捨て、持てる力の一切を失った今の彼を、心の底から誇らしく思っている。

そう、あいつは捨てたんだ。



だから…だから、俺も。やらない。



無力な獣を気取ることを、拒んだ身ではあるが。

それ以上を求める野心もまた、自ら削ぎ落したのだ。


「俺は、何処にも、行かない。」



「此処で、眠っていることに…」



「する…」



「ぞ…」






……?






人間の言葉で、そう鴉たちに告げ。

自ら破損させた図書館の修復作業に意識を向けた、その矢先だった。






俺は、既に白銀に染められた、遥か北方の山脈に視線を射止められる。


もうすぐ、俺はあの山頂の何処かに、貴方の面影を見初めて、冒険の物語に焦がされるはずだった。



「……?」



当然というべきか、俺の視力は、申請通りのものとしては受理されていなかった。


僅かに視認が叶う大きさだ。

遥か彼方、山麓を掠める程の上空を舞う、謎の飛行物体。


「あれは…?」



見覚えがあった。何処かは、定かではない。

巨人がお気に入りの故郷を、そのまま地面から引き抜いたような、岩肌だけの城。






唯一つ、確かなことは。

リュングヴィ島の居場所は、今や覆い隠された秘密の楽園では無くなった、ということだ。



「此処まで、来いよってか…?」


俺が、余計な嘘を抜かしたせいだ。




“目的地が、たった今、判明したぞ。”


そこは、縄張りの中でも最北端。

全力で休みなく走り続けても、1週間はかかるだろう。


確かに思い返せば、体力テストは、測定項目の中に、入っていなかったような気がする。



ならばSirius達には、長の不在は、三日の辛抱と伝えておこう。

それまでに、彼らとの合流を果たす。

話は、それからだ。




「仕方ないな……」







あいつ、俺の到着まで、持ってくれるだろうか。


北岸さむっ…なんて声が、くしゃみと共に、聞こえてきそうだ。








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