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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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271. 避寒 3

271. Winter Retreat 3


「…ようやく、出発の準備が整ったようだな。」


ちょうど、熱の帯びない陽の光にさえ、煩わしさを覚えた昼下がり。

彼は、尾を高々と上げたSkaの先導に従い、Freyaを毛皮の逞しい椅子に乗せて、姿を現した。


もうじき、狼すら身を埋めるほどの大雪に見舞われるこの土地では、そんなことも難しくなる。

彼女を気軽に外へ連れ出せるのは、これが最後の機会だったと思った。


“Freyaさん、乗り心地、悪くないですか?”


何気ない、だが。

久しぶりに、そんな光景を見せられたような気がする。


“ほらTeus様、昨日の大嵐が、嘘のようですね…!”


それが、彼が心から望んだ日常であった。


Skaは、長老様に先立たれると、心の何処かで、覚悟していた。

そして間違いなく、Teusよりも先に、楽園へと至るだろう。

その日まで。二人の接合点となれたことを、心から喜びながら。




散る。




少し、涙腺が痛んだ。


どうして突然、そんなことを考えさせられたのだろう。


それまで、Ska。

お前の翼が、どうか星界まで羽ばたかんことを。




できるだけ、気怠い欠伸を喉から絞り出して、俺は頭を擡げる。


「では、始めるとしようか。」


準備は、既に済んでいる。


とは言っても、特段俺に、何か負担を強いられている訳では無かった。

ただ、この万芸に通ずる扉の前に立って、案内人の役目を果たせば良い。



「この箱の奥が、今日は目的地に繋がっているの…?」


「そういうことらしいな。」



昨日まで、そのような役目はこいつに与えられて無かったと記憶している。

しかし入り口付近の壁や床板には、それらしき文字列が刻み込まれていた。

俺達の門出を手助けする為の、転送の言葉と見て、間違いないだろう。


「きちんと奥行だけ歩けば、反対側に出られると良いのだが。」


「そんなに長々と書いてあるの…?」


廃屋の落書きを一瞥するように、まるで内容まで読もうとはせず、彼は指で彫られた傷跡をなぞるだけだ。


「Fenrirなら、もっと短く、強力に書けたんじゃない?」


「ふん…かもな。」


実際、目的地さえ手紙などで記してくれさえすれば良かったのだが、そうも行くまい。

飽くまで、招待された者だけが立ち入ることを許された、秘密の楽園であるという訳だ。

その居場所は、限られた者にしか分からないようになっている。


だから、冗長に書かれているのだ。

このトンネルを、何気なく通り抜ける風を装いながら、目的の一文を盗み見るのは、容易ではない。

ダミーテキストも、恐らくは多分に仕掛けられていて。そのどれもが罠とでも言うべき、到底、楽園とは程遠い土地に設定されていると想像できる。

少なくとも彼らは、今までそうやって、セキュリティの防壁を築いてきた。


しかし、俺なら。

Odinとの対話を、曲がりなりにも全て躱して見せた、大狼なら。

或いは。あっけなく見破ってしまうだろうか。

彼らなら、そう考えはしないだろうか。



…考え過ぎか?



まあ、行けば分かるか。


俺は警戒心を周囲に伝搬させてはならないと判断し、自らも尾を高々と上げて、一歩踏み込んだ。


「ついてこい。先鋒は、俺がやる。」



“…後ろは、任せたぞ。”


“承知しました。”






「ああ…Teusよ。ちゃんと、群れの狼たちには、挨拶したのか?」


暫く、会えないだろうからな。

Skaからは、お前が不在となることはきちんと伝えてあるが、

総出で見送りに来ていると己惚れて良いのは、お前の特権であるのだぞ。




「……。」


「ねえ、Fenrir。」


「何だ。」


「やっぱり…俺だけ、此処に残ることは、出来ないかな…?」


「……。」




「そうしたいのなら、そうするが良い。」


「…馬鹿。」


…?


「もっと、怒ってよ。この大馬鹿野郎って。怪我するぐらい、引っ叩いてさ。」


「…無理やりにでも、連れ攫ってよ。」




俺は暫く、無礼を承知で、彼の顔を穴の開く程見つめた。

どうしよう、本当に、怒鳴りつけてやろうか。


俺はお前の面目を保つ為だけに、Torという男に、怒りをぶつけ損ねた。

その落とし前を、此処で晴らしてやっても悪くない。


が…


「うわっ……?」


代わりに俺は、最近目深に被る事をしなくなったフードを咥え、仔狼のようにひょいと拾い上げた。




「…そうだなTeus。俺も、お前と全く同じことを考えていた。」


「転送の力を持たぬ、お前とFreyaだけ。離れ小島へ追放することは出来ないか、と。」


「えっ…?」


ばれてしまっては、仕方がない。


「俺も、俺だけ此処に残ろうかと、企てていたのさっ!!」


「っ!?…ま、待って、そんな…!!」


大きく身体を揺らして、檻の奥底へと駆けだそうとする素振りで、流石の彼も泡を喰ったようだ。


「離してっ!!Fenrirっ!いやだいやだいやだっ…それだけはっ、待ってっ!!」


「クックック…」


「そんな真に受けるなよ。お前が下らないことを抜かすから、冗談に乗ってやっただけだ。」


「分かるだろ?俺もお前も、結局一匹になりたがるのさ。」


「……。」




「悪かったな。お前がまだそのことを、根に持っているとは、思わなかった。」


「別に…思ってない。」


「そうだろうな。でなければ、お前は黙って、俺に仕返しなど、しでかしていただろうから。」


そう吐き捨てるように言って、しかし怪我などさせては堪らないと、恭しく彼を地面に降ろす。



「もう良いよ…何もしないから。何も…」


「俺は君に対して、何も出来ない。」



「そうかもな。」







「Fenrir…」



「必ず、帰って来れるよね?」



「皆、最後には。」



「Skaも、Freyaも、Fenrirも、皆……」



「……。」






「その時は、お前が自力で、帰るんだ。」



「必ず連れて、帰ってこい。」



「お前の招集だ。皆、従うに決まっているさ。」





この世界を、お前に抱かれることなく、去らせてなるものか。

孤独に、鼓動を打ち鳴らせたままで。






“そういう訳だ、長を慕う群れ仲間たちよ。”



どうか、余生を謳歌する隠遁者に相応しくあれ。

暫しの休暇と行こうではないか。


出発前は、欠航したくなる程億劫になるのもわかるが。

行ってみれば、お前は死神の存在に一切怯えることなく、温かな海岸で生を享受できる日々に、きっと気分が晴れる。


もうあの土地に戻りたくないと我が儘を垂れるお前を、期待しているぞ。







「じゃあ…」






「さよなら。みんな。」









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