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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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271. 避寒

271. Winter Retreat


もう限界だ。

今すぐにでも、Teusをこの土地から引き剥がさなくてはならない。


今すぐにだ。




あれだけ、ヴェズーヴァから離れることに抵抗し、Lyngvi(リュングヴィ)島への遊説を嫌ったTeusだが、流石に要求を飲んでもらう他無かった。




彼は、俺やSkaが思う以上に、番と共に過ごすことのできる時間を、はっきりと自覚していたのだ。


すぐそこまで、やって来ている。

彼はそう怯えていた。


その認識が共通であったことには、俺も驚くところが無い。

寧ろ、お前自身が、彼女から目を逸らすことなく、日々を送っていることに、安心すらしている。

しかしその上で、お前は妄想に憑りつかれていると言わざるを得ないのだ。

あり得ない。

大狼の足音が、聞こえたなどと。


俺がお前とFreyaの根城に辿り着いた頃には、既に図書館はもぬけの殻だった。

そこに、死神が潜む暗闇などありはしない。



「療養が必要だ。」


お前は、真正面から向き合い過ぎた。

自分自身を除く、全てに対して。

もう、神様のように、そんな大意に身を削ったりなんかしなくて良い。


でも、お前が無力であって欲しいと願いながらも、見ていられなかったのだ。

お前がこんなに衰弱し切って、怯え、只々、彼女と身を寄せ合うだけの姿なんて。


Teus。お前が変わっていくのを受け入れられないでいるのは、俺の方なのかも知れない。

そうだとしても、お前の言う通り、もう限界だ。


俺が代わって、無理やりにでもお前を、そうだ、(つがい)もろとも、攫ってやるとしよう。

大丈夫だ。その土地までは追ってはこれまい。




――――――――――――――――――――――




俺達は到頭、その招待状を正式に受け取るに至った。

彼がどれだけ暴れて抵抗しようと、明日中には、出発するつもりだ。


頭の中で、例の手紙の裏面に記された地図をもう一度思い浮かべる。

目的地については、未だに俺にだけ知らされていない点が多い。

驚くほどに、湧き上がってこない高揚感は、余りにも簡素な線画のせいだろうか。

中央に描かれていたその孤島は、見た所、巨大な湖の中央に浮かんでいるようだった。

手紙の端に走る筋は、シミではないと見受けられたからだ。

その陸地は、何処に面しているのだ。

この土地は、アースガルズからは遠く離れた場所に座していると考えて良いだろうか。


俺は余りにも、自分が生まれた土地のことを知らな過ぎた。

そんなことを心配しているのは、Lyngvi(リュングヴィ)島が地理的にアースガルズの眼と鼻の先にあって、神々が軽率に訪れることのできる場所で会ったら、生きた心地がしないなと思ってしまうからだ。

勿論、アース神族の領地であるのだから、直ちに彼らが駆けつけることの出来る転送路はあって然るべきだろうが。俺の知覚できる範囲に、人間がいることは、やはりすぐ隣のヴァナヘイムと同じぐらい、自分にとっては神経をすり減らす環境であったのだ。


まあ、行けば分かるのだろう。

観光案内を一度訪れただけのTeusに任せて、大丈夫なのかは甚だ不安であるのだが。

一緒に冒険に繰り出すのも醍醐味だと期待しよう。



眠れない。

翌朝の晴れ間を、どれだけ待ち望んだことか。

彼がその場にいてはならないと、闇夜に逃げ出した図書館の一室で、俺達は扉を開けたまま、その時を待った。

そうしないと、彼は窒息してしまいそうだったから。

分るよ。俺も、陽の光も届かぬ洞穴の奥底であっても、いつでも悪夢から逃げ出せるように、入り口は開いている方が良いなと思っていたものだ。


俺は何度も、二人の命があっけなく潰えてしまう恐怖に、視界を覆い尽くされた。

Teusが瀕死の自分にそうしてくれたように、必ず助かるという毅然とした態度を、貫けない自分が情けなかった。


死線の峠。あの日に代わろうとするなら、俺はせめてTeusの為に、何かを話してあげるべきだったと今になって思う。

けれど、俺はどうしようも無く、腹が立ってしまって、それが出来なかったのだ。

その時点で、もうTeusとは、かけ離れているのだと痛感させられる。

何故、と言われると、ただ彼の情けない姿を直視できないが故の、我が儘であったと説明してしまえたが。

もっと掘り下げると、俺はやはり、お前のことを、初めて自分を優しい怪物と言い放った、偉大な神様として、尊敬していたのだと思う。

別にお前がお前自身の輝きを拭い捨てたって、お前が俺の友達であることには、何の変りも無いのに。


ただ、俺が平静を保って、Teusに物語を語り聞かせる揺り籠になれたとしても。

どれだけ勇気のいる、そして責任の伴う行為であるかを、結局は思い知らされることとなっただろう。


薄っぺらくても良い。

お前の眼が、色を取り戻してくれさえすれば。


そう信じて紡ぐ言葉に、俺はどれだけ自分の悲しみを込めることができただろう。


お前だけは。

お前だけは、何としてでも。



「Teus……」



陽の光が差し込むだけで、あらゆる狂気は拭い去られたような気がした。

依然として、英霊たちの交叉路は静かに賑わっているにも拘わらず。


「おはよう。」


少なくとも、お前の震えを、怯えを、毛皮が受け取らずに済む。


「先に、いつもの広場で待っているぞ。」


お陰で図書館の玄関は、水浸しだ。

始末に負えなくなった宝物の数々を想っても、お前に代えられるものでは無いが。

こういう日は、やはり閉館するのが賢明であるようだ。


待ち望んだ冬も、この図書館にとっては、冬眠の季節であることを想うと、不思議と俺も、この土地への未練に焦がされるから不思議だ。


「Skaには、俺から話しておく。」




「…決心が付いたら、彼女と一緒に来い。」






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