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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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270. 驚恐の目覚め

270. Startled Awake


「Fenrirには、彼女の気持ちなんて分からないんだ。


Freyaは何処にも連れて行かせたりなんかしない。


この土地で、ずっと暮らしてきたんだ。

最後まで、そうさせてあげたいじゃないか。


行きたいのなら、君一匹でそうすれば良い。

そう言って上げられたら、どれだけ楽なことか。

でもそうは行かないだろ?

分かってくれよ。


今は、とても、羽目を外して気分転換とか、そんな気分になれないんだ。


頼む。ちょっとだけ、放って置いて。


ごめん。」





「……。」


そんな風に、互いに齟齬があったのは承知している。

勿論、Teusが正しいと思った。


彼女の気持ちを理解し、最も尊重してあげられるのは、番であるお前以外ありえない。


だから、何の反論もせず、俺は彼が望む通りの日常を綴っていたつもりだった。

彼が、どこか不満そうな苛立ちを隠せずにいることにも、目を瞑って。




しかし、その日は唐突に訪れたのだ。




いつ雪が混じってもおかしくないような、嵐の日の夜。

己自身の危篤を彷彿とさせる荒々しさの中。


突如として、対岸からけたたましく鳴り響く狼笛の音で、俺達は目を醒ました。


一度そうやって呼び寄せれば十分だと言うのに。

今までに、俺がお前の招集を聞き逃すことが、一度でもあっただろうか。


耳障りに、何度も何度も。ありったけの息を吹き付けて。

まるで、手遅れと知りながらも、心肺蘇生に躍起になった寡男のようで、聞くに堪えない。


そんな風では無かった。

俺が死に瀕した時、お前は少しでも取り乱しただろうか。

それは、彼女に対する、適切な態度ではない。


“大丈夫だ。少し、様子を見て来る…”


Skaには、目を醒ましてしまった群れ仲間たちを鎮める役割を任せ、先んじてTeusの元へ馳せ参じる。


その時は、不思議と嫌な予感はしなかった。

もしや、と思うことすらなかったのだ。


彼が初めて、Odinからの手紙を受け取って狼狽えた時のような意外さも、無かった。



Teusは…そう。

限界を迎えていたのだと、今になれば、疾うの昔に気づきつつも。

俺はそれにどこか、辟易としていたのだと思う。






「ティウゥーーーっ!!」


夫妻が閉じ籠った魔法図書館の大扉の前で、俺は毛皮を靡かせる突風にも負けぬ大声を上げた。


「開けろーーーーっ!!俺だっ…!!」


「どうした、俺を呼んだのは、お前だろう!?」


「……。」


「ったく…」


召喚主を確かめるような台詞、吐いてみるものでは無いな。

その場にお座りをして、Skaよろしく待ち惚けてみるも、返事はない。


おかしいな。

完全に締め切られた入り口の背後には、人の気配を少しも感じない。

屋内で鳴らされたような、くぐもった笛の音では無かったと思うのだが。


「入るぞっ!…開けるからなっ…!!」


縄張り意識が胸を刺すが、ノックはしてやったのだ。

勝手に立ち入らせて貰おう。



ギ、ギ……

ギィィィィィ…





外套に纏わりついた水滴を、玄関で礼儀正しく払いのけると、恭しく頭を下げて、真っ暗闇に広がる開架を窺う。


「Teus…?」


もう、雨の最中であっても、湿った古書の臭いは鼻先に媚びて来ない。

本当に、狼の季節はそこまでやって来ているのだ。


「ふーっ……」


吐いた息の白さに、同じような訪れを感じるにしても、それは屋外に出た人間のすることであるように思える。

頼もしい大狼の毛皮があるならいざ知らず、

とても、人間が夜を明かすのに適した巣穴であるとは思えない。

とりわけ、冬が大の苦手で、あまりの寒さに希死念慮を覚えるような愚か者には。




「あいつ…」


それ以上,立ち入るまでも無いようだな。






ヴェズーヴァの街中、何処を探しても見つからない、などという事態には陥らなかった。

魔法図書館に直行したのが、そもそもTeusはそこで彼女と寝泊りをするようになったからであって、別にこの両耳が削ぎ落されていたとしても、俺ははじめに彼らの屋敷に辿り着いていただろう。


他の狼であっても、そのように見当をつけたはずだ。


「Teusゥゥゥゥッーーー!!」


怒声を二度も吠え上げることにはなったが、俺はようやく笛の主と合流を果たすことが出来た。


「お前っ…どうしてこっちに戻って来たっ!?」


玄関に顔を突っ込むのは、少々気が引けたが、

俺は人間の家屋を覗き込み、獲物を引っ張り出そうと牙を鳴らす巨狼を演じざるを得なかった。


「だ…だって…」


彼は俺の到着を出迎えるどころか、寧ろ怯えたようにFreyaと身を寄せ合い、震えていたのだから。


幾ら何でも、身勝手過ぎる。

俺を呼び寄せて置きながら、そんなずぶ濡れになる奴があるか。

取り寄せて欲しいものがあったのなら、確かにお前が立ち入らなくてはならないだろうが。

それでも俺と一緒なら、少しはマシな結果になっていた筈だ。

彼女を一人にさせる時間も、ごく僅かで済んだだろうに。


「あの塔は…駄目だ…」


小さい声で、譫言のように、ぶつぶつと。

幾ら俺の耳でも、嵐の中で、そんな風に口を聞く奴の台詞は拾ってやる気になれないぞ。


「何のことか分からないが…だとしても、何故俺の到着を待つことすらできなかった!?」


つまり、逃げ出してきたということだけは、辛うじて分かった。

雨漏りか、割れた窓から差し込む突風に耐えられ無かったか。

中の様子を窺った時は、そんな風には思えなかったが。


「そんな、僅かな時間も我慢ならないほど、お前は何に怯えていたと言うのだ…!?」


首を振って、びしょ濡れになった顔を拭う。


「グルルルルゥゥゥゥッ…!!」


「うっ…」


俺は、苛立ちの余り、喉の奥から唸り声を上げてしまう。


「き…きこえ、たんだ…」




「もう、すぐそこまで、来てる…」



「来ている、だと?」



「足音が…部屋の中で、したんだ…」



足音?



「もう、限界だ…」



「逃げなきゃ…」










「Freyaが…連れて行かれる…」





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