268. 招待制 2
268. By Invitation Only 2
「温暖な気候の、リゾート地だよ。」
Lyngvi島。
当然と言うべきか、彼は、その孤島の名を知っていた。
「リゾート…?」
取り敢えず、朝食の時間だ。
俺達は一度広場に戻り、群れ仲間たちを迎えてから、その手紙の内容について話し合うことにした。
彼らにとっては、ようやく取り戻した日常。こんな難事に妨げられて良いものでは無い。
Skaの不在も動揺の種となりかねないし、何より俺が一口でも牙をつけなければ、こいつらは頑として自らの取り分を得ようとしないのだ。
表面的にだけでも、この平穏は取り繕わなくてはならない。
「アース神族の神様たちが、バカンスでよく訪れるんだ…」
彼は器のスープを飲み干すと、ほっと溜息をついてそう続けた。
実在しただけでも、正直驚きなのだが。
どうやらその土地は、彼らにとっての憩いの場であったらしい。
「けっこう有名だよ。冬になると一度は、皆休暇で行きたがるような所。」
「ふうん…お前に限らず、人間は寒いのが苦手なのだな。」
「もちろん、穏やかな陽気に包まれて過ごしたいというのもあるけれど…」
「何て言うんだろう。高位な神様であることを示すための、一種のステータスみたいな意味合いのほうが大きいと言うか…」
「はあ……」
「詰まる所…主神による紹介制、であると。」
「…そう言うことになるかな。」
「言葉通りに受け取れば、認められた…大変名誉なことだと思ってくれて良いと思う。」
「名誉ねえ…」
「本当だよ。こんな時、君に対してでなければ、やったじゃんって、手放しに喜んでいた。」
「いいなあ、いいなあって、きっと周囲の神様たちも、皆口々に羨ましがっていたと思う。」
「ふん……」
今のところ、あまり良いイメージを持てていない。
寒くないということは、雪も降ら無さそうだしな。
「そんなこと無い!間違いなく良い所だよ。」
彼は慌ててそのように付け足す。
土地それ自体に罪はなく、寧ろ非の打ち所がないらしい。
「行ったことあるのか?」
「どんな場所なのだ。もっと、教えてくれ。」
「いや…」
「何だ、無いのか。」
「い、1回だけ。あるよ。」
何だ、その時の思い出が余程素晴らしかったということか。
「えー、えっと…確かスポーツ大会とか、開催していた気がする…」
「ほう、楽しそうじゃないか。」
「楽しいと思うよ…多分…」
お前、絶対それ参加してないだろう。
「運動神経最悪だし。」
「参加せずとも、観戦していて楽しいものなのでは無いのか?」
「いやあ…見たらどっちか、どうしても感情移入したくなっちゃうじゃん。」
「良いだろう、別に。応援してどんな問題があると…」
「勝っちゃうだろ、そっちのチーム。」
「ああ…」
そうか、戦争だけに限らないのだ。
神様としての武運が、そんな所にまで及んでしまうとは…
「そうだったのか、それは、済まなかった…」
「だからそもそも、やったこと無いんだよね。球技とか、そういう勝ち負けがある遊び…」
「俺と、同じだったのだな。」
「まあ、そういうこと……」
「…懐かしいな。」
「さっきは、あんまり良い思い出が無いように言ったけど。」
「本当に、良い場所だった…」
「……。」
Teusは何処か遠い眼をして、今度は白い煙を纏って溜息を吐いた。
その視線の先をぼんやりと一緒に眺めることをせず、彼の手に握られた手紙を凝視する。
「……。」
そして軽く咳払いをすると、Teusを我に返らせる。
「しかし、Lyngvi島が魅力的な行楽地であることは良く分かった…」
「う、うん……。」
「では、一応このお詫びと言うのは、そのままの意味として受け取って良いと言うことなのだな?」
「どんだけお人好しなんだよ。こんなの皮肉以外の何者でもないだろ…」
君も以前、言っていたじゃないか。俺とFreyaの結婚祝いに、父上がヴェズーヴァに魔法図書館を送った時と同じ理屈さ。
自分たちにとっては貴重でも、当人には役に立たないものを、送りつけているだけ。
「そうかもな。」
「で、何処にあるんだ。それ?」
「……?」
「もしかして…ちょっと、興味ある…?」
「ああ、あるぞ。大いにな。」
「……!?」
Teusの顔が、ともすれば青褪めていると受け取れるぐらいに強張っていく。
「で、でも!君が他のアース神族の神様と居合わせることになったら…!!」
「そこら辺は、流石に貸し切ってくれているんだろう?」
Odinの側近がそこらへんの予約を管理しているのかは知らないが。
でないと招待なんてしないだろう。
「えっ…で、も…!?」
「それに、皆さまお誘い合わせてお越しくださいってことなのだろう?」
其方らを尊重した形で、償いをしたい、というのはそういう意味では無いのか?
「……!?」
「ほ、本当に行く気なの!?」
Teusは到頭、金切り声に近い大声を上げてしまい、周囲の狼たちの注意を一身に集めてしまう。
“……?”
「やめようよ、こんなの!絶対怪しいよ…!!」
「そうだろうな。」
「何かの罠だ。Fenrirのこと嵌めようとしてる!!」
「俺のこと、頭お花畑みたいに思っているのか?」
「……。」
「……何か、考えがあるってこと…?」
「この嫌がらせが終わるだけでも、万々歳だ。」
これで行きませんと吐き捨ててみろ。
明日、お前の屋敷は手紙の束で埋もれているぞ。
「そ、それはそうかも知れないけれど…」
それに、この土地からお前を一時的に引き剥がす手段として、非常に有益だ。
この機会を逃す手はないと俺は思っている。
「どういうこと…?」
「前に話しただろう。ヴェズーヴァに集う英霊たちは、お前に招待を受けて馳せ参じているのだと。
お帰り頂く術を此方が知らない上に、彼方も帰り方も分からずに漂い続けている有様だ。それならば…」
「俺と…Fenrirとの物理的なつながりを、断ってしまえ、と…?」
「そういうことだ。」
この土地に拠り所を失ったのなら、流石に彼らの存在も薄れてくれる筈さ。
お前がそのリゾート地とやらでのんびりしている間にな。
「……。」
「待って、ちょっと、考えさせて…」
彼は文字通りに、頭を抱えていた。
「勿論、お前だけが赴くというのも、民の不安を招く遊説ではある。」
「……?」
“そ、そうですよ…Fenrirさんっ!!”
堪らずSkaも一緒になって吠える。
“黙っていろ。お前は好きにすれば良い。”
“すみません…”
「Teusよ。彼女が良いと言うのなら、Freyaも一緒に、連れて行けばよい。」
「……!?」
「…人数制限は、特段設けられていないはずだ。」
決心がついたなら、目的地を知らせるが良い。
陸路だろうと、転送路だろうと、お望みの場所へ連れて行ってやる。