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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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264. ただの風 2

264.Just the Wind 2


「でもさ。その前に…」


「臭いを調べるにしても、どうして態々此処で…?」


素朴な疑問が口を突いた。

彼の目的がTorの臭いを嗅ぎ当てる為であると言うのなら、此処は適当な場所では無いように感じられたからだ。


Fenrirの鼻先がそう告げているのだから、間違いはあるまい。きっとこの通りが、Tor達が降り立った場所なのだ。彼らは俺の不在を知った上で、自分達とFenrirの待ち受ける集会場へと至っている。


だから、薄雪が凸凹の石畳を覆っていたなら、足跡が俺のやって来た方角へ伸びているのが分かるだろう。

当然、狼が追跡を遂行するのに十分な臭いも、残っているに違いない。


しかし、もっと強い臭いが、その先に擦り付けられているじゃないか。

何故、あの広場では無く、此処から手掛かりを得ようとする?


獲物を捕らえ損ねたレージングは、段々と模様の光を失い、最終的には灰のように跡形もなく崩れ去った。

ヴェズーヴァの中心地に、彼を怯えさせる刺客は、もう何もない。

それ自体はFenrirが了解している。でなければ、昨日はあんなに羽目を外して、皆と過ごしたり出来ない。


何かTorは、此処に落とし物でもしたの?

そこからどうして、彼らの考えが、的を射ていると判断するに至ったんだい?


「…ごめん、やっぱり、最初から話してくれる?」


この質問にのみ、的確に彼に答えて貰おうとするのは、返って混乱を強いられるような気がしたのだ。

結論を急ぐだけ、遠ざかってしまう。そうならないように、彼は順を追って話をしようと言っているのに。


「ただ、此処はちょっと…その…」


でもそんな話、いつもだったら洞穴の中で、毛皮に包まって聞かせて貰うか、或いは彼の背中の上で心地よく揺らされながら散策を楽しむかのどちらかだ。




本音を吐露してしまえば、寒い。

君と此処で突っ立って立ち話に耽るには、季節は進み過ぎてしまったんだよ。


「ふむ…気持ちは分かるが、もう少し待ってくれ。まだ調査は途中であるのだ。」


「微かな痕跡が消えてしまう前に、結論をつけたいのだ。」


ちょっとだけ、待ってくれ。

彼は視線を地面からちらとだけ此方に向けて、しょうがない奴だと微笑む。


「分かっている。お前には、暖を取る手段が必要なのだな。」


「背中、乗せて貰える?」


「ふふっ…悪いが、気分じゃない。」


「え、酷…」


「お前の顔を見て、話がしたいのだ。」


今も、地面とお喋りしている癖に。心の中でそう悪態を吐く。

けれど彼が、俺の反応さえも推論の正しさを窺う手掛かりとしたいのも何となくは理解できた。


「付き合ってもらえるか?」


「…いいよ。」


俺はできるだけマントを身体に巻き付け、傍らの崩れた塀にもたれかかって、生肌の右手に息を吹きかける。




――――――――――――――――――――――




「ほら見ろ。転送の痕跡が、くっきりと残っている。」


彼が夢中になってやっていること、

それを端的に一言で表すなら、 ‘文字起こし’ が適当らしい。


どんな奇跡も、ルーン文字の綴りに従って効力を発揮する。

ならば、Tor達がヴェズーヴァの中心地に到達した時点で、それを実現する為の呪文が、彼らの拠点では書き記されていた筈。

そしてその奇跡よって遥々僻地まで飛ばされた彼らの身体は、その効力の残滓を纏っていると言うのが、彼の主張だ。


「一目瞭然だ。」


言わせれば、決死の逃走劇を繰り広げる獲物が獣道を外れ、茂みの中を強引に突っ切るのに似た強引さがあると言う。

無理に捻じ曲げ、踏みしだいた草木はすぐに元へ戻るが、それでも小さな乱れは狩人の眼には十分な痕跡として映る。

彼らがどんな思いでその道を選び、どこを安全な目的地として看做しているのか。浮かび上がって来る。


それと同じだ。

彼は成果物として、爪先で復元をやってみせた。


「……。」


彼が文字を書けるのは当然知っていたが、走り書きで次々と同心円状に広がっていく文字列の達筆さには、思わず息を飲んだ。


あの時の屈辱が蘇って来る。

洞穴の壁面に、びっちりと刻み込まれた、脱出の転送呪文。


彼は今と同じような、わくわくとした表情で、それらを綴って満足げだったろうか。

そんなことを考えてしまっては、手放しに関心の意を示せない。


「ふむ、間違い無いだろう?確認してくれ。」


「うん…見た所は。」


「転送を開始した時刻も、纏めて彼らを送り込んだ訳では無いこともこれで分かるな。なるほど、念のために斥候として、数人だけが先に送り込まれて、それからTor達が降り立つ計画だったようだ…」


「彼らが姿を消した場所をもう少し詳しく調べれば…」


「逆探知も、出来そうだな。」


「……。」


「冗談だ、そんなものに、興味は無い。」




「俺が調べたかったのは、こんなものではなかった……」


「と言うと…?」


「ヴェズーヴァに対して、神々は何らかの奇跡を既に、唱えようとしていると期待していたのだ。」



もし、俺を攫うことだけが目的なら、それに正当性を持たせようとするはずだろう?

幾ら彼らがお前に対して絶対的に上の立場に座しているだとしても、恣意的に何かを奪うような真似は、やはりお前の嘗ての功績を慮れば出来ないんだ。

Torがお前に対して払おうとする敬意は、その言葉の端々に見えていたことからも、俺はそう確信した。


「言い換えれば、俺を捕獲することによって、表面的にだけでも、お前の悩みを解決してやらなくちゃならない。」


だから、その為の種を蒔き終えているのだと俺は考えていたのだ。

しかもそれは、お前が納得せざるを得ないと考える為にも、即効性のある変化であることが望ましい。


なら少なくとも、目星ぐらいはついていなくては、助けてやると言って来ないだろう?

でなければ、本当に、狼よりも言葉巧みに獲物を騙そうとしただけ、ということになる。


しかし、それらしい臭いが、全くと言って良いほど、俺の鼻に漂って来ない。

あいつらの身包み剥がしてやれば、何か出て来た可能性も無くは無いが。




「結論、彼らとてヴェズーヴァの地獄(Hellheim)化の原因を、掴み切れていないようだな。」





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