263. 嵐の乗り切り
263. Weather the Storm
「やった…!やったぞ、Teusっ!!」
「俺でも出来たっ…あいつらを、追い返せたんだ……!!」
Fenrirは腹ばいになり、大きな両目をいっぱいに潤わせて、尻尾をぶんぶんと振って笑った。
まるで、頭を滅茶苦茶に撫でて貰いたいと強請る愛犬のよう。
鼻水をずるずると垂らし、瞬きの度に、ぼろぼろと涙が黒淵の端から零れ落ちる。
「怖かったぁ…、怖かったんだぁぁ……」
そんな彼の鼻の付け根の毛皮に抱き着き、うん、うんと頷き返す。
「もう良い…、もう良いから…」
正直なところ、褒めてあげて良いのかさえ、良く分からなかったけれど。
ただ、俺達はやったんだ。
いや、Fenrirはやってくれたんだ。
生き延びた。
神々の意志から、逃れられた。
その感覚だけで、俺達は笑い合えたのだと思う。
「本当に、良く頑張ったね……」
「ありがとう、ありがとうっ……」
狼にまんまと騙されていたことにようやく気が付いたTorたちは、尻尾を巻いて逃げ帰ってしまった。
かなり急いでいる様子だったが、神様は人間が思っているよりも結構忙しい。
引き留めるのもあれだったし、Fenrirの意向もあって、そのまま逃がしてやった。
あいつら今頃、馬鹿な真似を考えたことを、激しく後悔しているだろうな。
どうするのが正解だったのか、落ち着いて考えても答えが出せる気がしない。
しかし、彼が選んだ行動は、Fenrirにとって、今までで一番勇気の要るそれだったのに違いない。
まさか、まさかFenrirが。あんなに堂々とした立ち振る舞いを見せてくれるだなんて。夢にも思わなかった。
彼は、神々の意志に逆らうことを、最後までしなかった。
俺達の為に、レージングによる拘束を、拒否する選択肢を取らなったのだ。
それでいて、彼は、誇り高き狼の存在を貫いたのだ。
逃げなかった。
それどころか、易々と乗り越えて見せた。
Fenrirの行いを、Torとその従者たちは包み隠さずOdinに報告することだろう。
彼が覗き見た俺の視点と合わせ、きっと公正な判断を下される。
どのように転ぶか、皆目見当もつかない。
彼らは益々、Fenrirに対する興味を強めるだろう。
表面上だけでも、金輪際関わってはならないと判断し、供給を除く一切の音沙汰を消し去るのか。
将又、次の段階へと進み、新たな刺客を送ることを検討するのか。
それが、Fenrirにとって、乗り越え難いはずは無いと信じつつも。
眼前まで迫る冬の寒さよりも、不安で堪らない。
「……?どうしたのだ、Teusよ?」
「うん……」
しかしもう、そんなことは、もうどうだって良いんだ。
Fenrirが無事で良かった。
濡れ衣を着せられることなく、連れ去られずに、済んだんだ。
じゃあ、もうそれで良いじゃないか。
そうだよね?Fenrir。
忘れよう、あいつらのことなんて。
束の間を、怯えることに費やすのは惜しいよ。
「ううん、何でもない。」
「ありがとう、Fenrir。」
陽もとっぷりと暮れ、Freyaを連れてSkaの群れが戻るまで、ずっと。
俺とFenrirは二人で抱き合ったまま、まるで成す術を失った無力な仔狼のように、わんわんと互いに泣き叫んでいたのだった。