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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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261. 革の戒め 10 

261. The Loejingr 10


カチャリ、と何か引き金を引くような音だけ。

それ以外は、叫び声の一つも、周囲には響かなかった。


アースガルズとヴェズーヴァの窓口となる、あの方舟に姿を消した大狼は、

影の縫い目から姿を現した怪物に、何ら狼らしい反応を示さなかったのだ。


ただ人間の耳に届くのは、ざらざらと、重たい金属の何かが擦れ、引き摺られる音だけ。


それから、

それから不気味に静まり返り…




「うぅっ……う、うぅ……」




彼が啜り泣く声が、聞こえたんだ。




心臓がきつく縛り上げられたように軋んだ。

もう老い耄れた身体が言うことを聞かないのには慣れっこだったけれど、こうも身近に死が迫っている事実に、心が追いつかなくて、毎度のことながら狼狽える。


しかし、この感覚は違う。

ぞわりと、背の皮膚が剥がされるような悪寒。


「……?」


どうやら、その場に居合わせた全員が、状況を理解できずにいる訳ではないらしい。


皆が黙りこくっているのは、不自然だ。

扉一枚裏側で起きている悲劇が、少なくとも、予想外の出来事であったならば、

幾らかの動揺を示して然るべきじゃないか。


これは、彼らの諮った通りの展開。

かの大狼にべそをかかせるのに十分な代物を、我らが主は用意できると知っていた。


「Fenrirっ!?」


どうしてかな、年寄りの半身はこういう時に足を引っ張りたがる。


立ち竦んでいた右脚が言うことを聞かず、俺はバランスを崩して躓いた。


咄嗟に手を突こうとするも、長ったらしい外套が邪魔をして、地面に突き出すのが遅れてしまう。


「うっ……。」


思ったよりも、ずきりと痛んだ。

こうやって、歳不相応な動きをして、周囲の人たちを心配させてしまうのかな。


でも今は、それどころではない。

そんなことは全く以て、どうでも良かった。




膝を突いて立ち上がり、転がるようにして、扉の裏側を見ようと辿り着く。


どうしてだ。何で、こっちが泣きたくなるような声を上げるんだ?


どうして、怖かったのなら、すぐに尻尾巻いてでも、俺の傍らに戻って来てくれないの?


「Fenrir…?」


君は一体、何を見た?

アースガルズの神々は、どんな刺客を、こっちに寄越したんだ?


待って。

すぐ行くから。


俺のせいだ。


俺のせいで、Fenrirは、恐ろしい思いをさせられてしまった。


やっぱり、あいつらの言うことに、耳を傾けたりなんかしちゃ、駄目だったんだ。



「フェンリルッ……。」



「来ちゃ駄目だぁぁっ!!」


「っ……!?」


鋭く放たれた、警告の吠え声。


な、何だよ…来るなって?


Odinは、Fenrirに何をしようとしているんだ?

確かに、Torの言葉には、引っ掛かる点があった。


‘Fenrirの動きを、一時的に弱めることが、解決の糸口になる。’


余りにも、決め打ちで、結果ありきの試みだ。

それで結果的に、ヴェズーヴァの亡霊たちが帰還してくれれば、Fenrirが原因であった、悪気は無かったのだから、これで一件落着ということになるけれど。


もしそうじゃなかったら、これは純粋な狼に対する虐待だ。

結果を客観的に見つめる為とは言え、手段に対して無情過ぎる。やろうとしていることが、残虐極まりない。


疑う、という行為が、軽すぎる。

とても、知の神として称えられた存在が下して良い決断じゃない。



「Teusよ、Fenrirの言う通り、安易に近づいては…」


「うるさいっ!!」


知ったことか。

Fenrirが危ないんだ。


脳裏で弾けたその言葉に突き動かされ、俺は扉の端に手をかけた。


助けなくては。今すぐに。


手遅れに、なってしまう前に。




「フェンッ……」




「リ…ルッ…。」




「……。」




「あ、あぁ……」







腰が抜けて、その場に膝から崩れ落ちる。


目の前が霞み、濃淡を失って、ぐちゃぐちゃに揺れた。


状況を理解するので、俺は寿命の全てを費やしてしまえそうだ。





Garmだ。


ゆらゆらと、漂うようにして歩み寄る眼前の狼を、俺はそう錯覚した。


一寸の緩みも無く纏わりつき、意志を持ったように蠢く。

そいつが、毛皮を繋ぎ止める為に飼い慣らした百足のように思われたのだ。


しかし、Fenrirの身に巣食う筈が無い。

彼は、決別を果たしたんだ。




「嘘だ……。」



彼の身に受け入れられたのは、



…鎖だ。



一つ一つの鉄環に怨嗟を込めて刻み込まれた、ルーン文字。

幾重にも重ねられた枷は、四肢と口の自由を奪うだけでは飽き足らない、

縛られた獣が、二度と立ち上がる気力を抱けなくなるまで。


そいつは蛇のように、獲物を締め上げた。




「ふふっ…ふふふっ……。」


Fenrirは、満足げに笑っている。

これから、身の全てを沈められるほど深い沼に顔面を浸そうとしているかのような、

心地よさそうな笑顔を、鎖の隙間から覗かせていた。



「ああっ…ああっ…!!」



懐かしい思いをさせられて、目の前が見えていない。


彼は、狂ったように微笑みながら、


仔狼のように震えて、哭いていた。




あの時と、全く同じように。




自分に向けられた視線が、段々と己の抗う力を奪っていくように思われて。


皆の望む幸せこそが、自分によって達せられる幸せであるような気がしてしまって。


彼は容易く、



「……ごめんなさい。」



罠に絡めとられ、



「とうさん……」



無抵抗に、



「かあさ、ん……」



縛り上げられてしまったのだ。




そいつの名は、Loejingr(レージング)







嘗て狼を捕えた、英雄の名だ。





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