261. 革の戒め 4
261. The Loejingr 4
同胞の老化を目の当たりにした時、
旧友はその神様に、どんな言葉をかけるのだろう。
役目を終えた、ただその幕引きに労いの言葉を?
或いは人間から必要とされなくなった落ちぶれに、軽蔑的な視線を?
彼らが築き上げた社会は、狼のそれとは大きく異なるだろう。
群れから離れ、それでいて生き残ることも儘ならぬ半端者が、
どんな風に扱われるだろうか。
それは純粋に興味があることだった。
しかし喩えどんな誹りを受けようとも、Teusの心に響くまい。
それだけは確かだった。
「ショックだったかい。」
「君も何れそうなる。その時にこうやって周囲の人たちを…戸惑わせないことだ。」
「……。」
Torは、暫く口を開かなかった。
それだけで、Teusが神の座を退く決断を下したことを、信じられずにいることが伝わって来る。
使命とは、誇りのようなもので、それ故かなぐり捨てるなど、あり得なかったのだ。
その間にも、従者たちの間で囁かれる、彼の醜い半面に対する驚駭の言葉の数々。
息を押し殺して蹲る俺には、彼らに黙れと怒鳴りつける資格はない。
俺もまた、彼の姿を見て、狼狽えるような素振りを見せた、愚か者の一匹であるのだから。
「父上は、このことをご存じなのか…?」
「勿論、彼の眼には…この左手が今も、映っているはずだ。」
「寧ろ、君を此方に寄越すのに、聞かされていなかったというのは意外だった。」
「自分の眼で確かめさせると言うのも、中々酷なことをなさる。」
「あの噂は、本当だったのか…」
「恐るべき姉弟たちが、この世を歩いたと…」
……。
「Lokiは審問への招集に応じた。…今頃、Odin様がその申し開きの真偽を下している頃であろう。」
「…ちゃんと咎められると良いけど。…父上、義兄弟に甘々だから。」
「それには、我々もつくづく困らされている…しかし、もう逃げられまい。」
「何度も、そう言って来たんじゃないの?」
「……。」
「まあ、俺にはもう関係のないことだね。そうだと願いたい。」
Teus……。
「……。何と言うことだ…」
「ええ。しかし…無論、称えられるべき勲章であろうとも。テュール殿。」
彼の言葉には、未だ受け入れがたい動揺が震えとなって残っていたが。
それでも送るべき言葉は一貫して、同胞に対する賛辞であったようだ。
それが俺には、とても不自然なことであるように思えた。
交互に現れる、改まった余所行きの口調と、友に語らいかける豪胆な本質。
こいつ、Teusのことを心から慕っていたのだな。
「彼女を退ける為に払った…犠牲であるのなら。」
「とても悲しい。ですが臆することなく、立派に、戦い抜いたのだ。」
「…同じ戦士として、誇りに思う。」
そのように言わされているかのように、決して薄っぺらいものでは無かったのだが。
Torもまた、監視の為に遣わされた鴉の一羽であるという諦念を、俺は新たにした。
「ふふっ…」
……?
「……それは違う。Tor。」
「……?」
「俺はただ、大事な友達に、生きていて欲しかっただけだよ。」
「それだけさ。」
「…悔いは、これっぽっちも無い。」
「……。」
「そう、でしたか。」
「ですが…我々は、貴方を見捨てるつもりは無い。」
「喩えテュール、お前が神と呼ばれるに値しない存在であったとしてもだ。」
「……それは、ありがたい。…有難いことだ。」
「俺には、まだ面倒を見てあげなくちゃならない家族がいる。」
「だから…そうだね。ありがとう。父なる神よ。」
「……。」
「済まない、少し、取り乱してしまった。」
「とんでもない。…久しぶりに君の顔を見れて、良かった。」
「父なる神が私を遣わせたことに、感謝しなくてはならない。」
「全くだ。」
「…本題に、入らせて貰おう。」
ようやくと言った所か、
Torは自分達をOdinが遣わせた目的について、朗々と語り始めた。
「我々は既に、この異常事態の根源となった、真因の目星がついている。」
「それの力を、弱める必要があると考え…テュール殿。其方の元へ、参上仕った。」
そうだったのか。
これは頼もしい。
やはり、閉じた世界に籠っている本の虫が持ち合わせた知識よりも、
外の世界に助けを求めるべきだというTeusの意見は正しかったようだ。
彼らは、異世界への転送に関して、幾らか俺には無い知見を持ち合わせている。
此処に至るまでの口論こそが、俺やTeusが億劫に感じていた部分であって、そこさえ過ぎてしまえば、案外あっさりと事態は収束に向かうらしい。
良かった。取り越し苦労であったみたいで。
その気配を感じ取った俺は、これ以上小さく出来ないぐらいに縮まった身体を縛っていた縄を、僅かに緩めた。
その、刹那だった。
Torの声音が、一段と強くなったのだ。
「そこに控えているのは、分かっている。」
……?
「姿を現せ。」
……!?
「隠れる必要もあるまい。」
「此処は、お前の縄張りであるのだろう?」
「狼の仔よ。」
「……!?」
その台詞、聞き覚えがある。
もし、かして…