258. 物語の解れ
258. Guess my fairy-tale has a few plot holes
“頼む、Sirius…!!”
“教えてくれ。一体、何があったのだ!?”
Fenrirは彼に対して、少しも威圧的になってはならないと心の中にはしっかりと決めているらしかったが、それでも焦燥感の余り、問い詰めるような口調が見え隠れしている。
“身体に縫い付けられた影に、今まで何の異変も感じなかったのか…?”
“えっと…僕…”
両腕を持ち合わせていたなら、肩をがっしりと掴み、激しく前後に揺さぶっていただろう。
「Fenrirっ…そんな剣幕で詰め寄って、後で知らないよ?」
そう思った俺は、即座に彼を落ち着かせるだろう横槍を鋭く投げ入れた。
「いるんだろ?すぐそこにさ…」
「……。」
案の定、Fenrirは一瞬にして口を閉じ、瞬きもせずに制止する。
吐き気とすぐそこまで迫り上がる吐瀉物に気づかず、弱った胃袋にご馳走を詰め込み続けた在りし日の彼を思わせる。或いは、厳しく注意して、滅茶苦茶に怒られたと勘違いしているSkaみたいでなんだかとても不憫だ。
“Siriusよ、腹は減っていないか?”
“はえ……?”
今度は、何ですか?
Siriusは目をぱちくりさせて、様子のおかしいFenrirの鼻先を見上げる。
“大丈夫です。さ、さっき朝ごはんいっぱい食べたので…”
“では…身体に、痛むところは無いか?”
“い、いえ…僕、元気です…”
その義足の付け根が軋むとか、些細な違和感だけでも良い。
滅茶苦茶に眠たいとか。
何でも良い、何か、変わったことは無いのか?
“なんで急に、そんなに優しいんですか?Fenrirさん…”
“ちょっと、変ですよ…”
“そこを何とか、頼む…”
“ほら、Fenrirさん。気持ち悪がられちゃってますよ?”
“お、俺はそんなつもりじゃ…”
“良い加減、やめてあげてください。Siriusが可哀そうです。”
「そうだよー、もう勘弁してあげなって。」
「そんなにしつこいと、嫌われても知らないよ?」
「そ、そんな……。」
“で、では…”
“今夜は、一緒に眠ることにしようでは無いか。Siriusよ。”
“もちろん!僕もFenrirさんと一緒が良いです。”
“しかし、夜にトイレへ行くときは、俺も着いて行くからな?”
“ええ…”
“やめてください!僕だって子供じゃないんです、恥ずかしいですよぉっ!!”
“駄目だこりゃ…”
Skaが耳を垂らして項垂れてしまったので、俺はもう笑うことしか出来なかった。
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朝からずっと、こんな調子なのだ。
彼は今、Sirius…我が狼の ’出現条件’ を突き止めることに、躍起になっている。
昨夜、対岸の森の中で、もう一匹の大狼から靡く、蒼い光を目撃した。
間違いない、彼の患った夢遊病の正体は、Sirius自身であったのだ。
鼻息も荒くそのように捲くし立て、その只ならぬ熱情を巻き散らしては、ひたすらに周囲を引かせている。
「ああ、本当にかっこよかった…!」
Fenrirは腹を天に向けて寝そべり、子供のように叫ぶと、
目を瞑って、幸せそうに感嘆の溜息を漏らす。
まるで恋心に苦しいと頬を赤らめる代わりに、髭を垂らして瞳を潤ませる。
叶わぬと諦めた再会に悶絶する様子は、そのように表現して差し支え無さそうだった。
彼は我が狼と肩を並べて存在するときだけ、とんでもなく、あどけない幼児へと退行してしまう。
Fenrirにとっては、仕方のないことなのかもしれない。
彼は未だ、大狼の目の前では、ちっぽけで可哀そうな、腹ぺこの一匹オオカミであり続けている。
「あれは絶対に夢なんかじゃない!」
「ああ、我が狼はいつも、この仔を見守り、傍らにいてくれていたんだ。」
「Siriusがピンチの時には、必ず駆けつけ、英雄であるが如く、見参なさっていたのだ。」
「良かった…本当に良かった…ありがとう。」
「まあ…そういう解釈で、良いんじゃないかな。」
「‘守護霊’、そのように捉えても。」
彼に俺の声は聞こえていないみたいだったが、一応その考えに同意はしていた。
「君の言う通り、隠れん坊にこの仔を参加させたのは、間違いだったみたいだね。」
どういう理由かは、分からないけれど。
彼らは既に、Siriusの内に宿っていた何かに、その足音に気が付き、尻尾を出すのを狙っていたみたいだ。
攫おうとしていたのなら、
彼に間違いなく、触れただろう。
洞穴の前で気を失って見つかったのは、抵抗としての顕現の跡であったと推察できる。
Fenrirの言う通り、自分の宿主を護る為だ。
「でもさ、何で埋まってた骨を掘り返そうとしていたの?」
「あっ…Ska、お願いできる?」
一応注釈文を加えておくと、俺の人間としての言葉を理解してくれるのは、FenrirとSkaだけだ。
余りにもこの二匹が優秀過ぎるので、時々忘れて当たり前のように別の狼に一方通行で話しかけてしまうのだけれど。
“Sirius、お前、Fenrirさんのお家で骨を探していたのか?”
“ご、ごめんなさい…”
この反応は、思い当たる節があるってことだよね。
Fenrirは今、興奮のし過ぎで全く使い物にならないし、ちょっと物語の進行に、ひと役買ってあげるとするか。
「狼って、埋めていた骨を掘り返す習性があるものなのかな?」
「基本的には、保存食としての役割だ。」
「あ、聞いてたの。」
それこそ何者かに憑りつかれたように尻尾を振り回していたので、もう心此処に在らずだと思ってた。
「もう事情聴取は此方の方で済んでいる。」
「Siriusが何故、大狼の亡骸が此処にあるのかを突き止められたのか。そこを問おうにも…」
“Fenrirさんに似た臭いがしたから、お家の前に印として良くある臭い付けなのかなって。臭いの源まで近づいたのは本当です。”
“でも、掘ったりとかは、全然覚えてなくって…その…”
“勝手なことして、本当にすみませんでした。”
“別に責めるつもりは毛頭ない。”
“Yonahはカンカンに怒ってますけどね…”
母親からしてみれば、夜中にこっそりと寝床を抜け出す癖が出来てしまった息仔は、溜まったものでは無いだろう。
「ふうん……。」
俺は口元に手をやって、彼らの供述を頭の中で整理しようと試みる。
俺達の眼に映った彼の奇行は、Sirius自身が求めて、その遥かなる生みの親に近づこうとしていたってこと?
勿論、本人にその自覚は無いのだろうけれど。
それが、死後の念への結びつきを強めたってことなら。
その必要があって、我が狼はSiriusへそう求めたことになる。
どうしてだろうか?
「傍に居てあげなくちゃならない、か…」