表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
529/728

257. 逢魔の刻

257. Fateful Hour


俺の聴覚によって形成された脳内の視界に、もうSiriusの姿は無かった。



これは最早、あの身体から繰り出される四肢のリズムではない。



雑音が、混じっている。

いいや、逆だ。Siriusの方が、音が小さい。


たった今、主格は逆転したのだとはっきりした。

そいつは到頭、分離する。



宿主の素晴らしい走りから遊離し、自らの走りを刻む。



「ああっ……ああっ……!!」



途端に、それまで俺の耳に心地よく響いていた走りは、大きく減速する。

しかしSiriusは、それでも持てる限りの力を尽くして、走り続けていた。

息が切れるまで、自らを試すつもりだろうか。

それともお前も、追っているのか?

目の前をすり抜けて行ったあいつの姿を?




気が付けば、その遥か先を行く、もう一匹の影。




俺が追うべき標的は、そちらである気がしていた。



いけない。

Siriusの正気と無事を確かめるのが、先決であろうが。

彼は今、気持ちよく全力で夜空を駆けているのかも知れないが。

その身を案じて、此処まで姑息に付け狙って来たのでは無いのか。




それなのに。

身体は本能的に、追いかけっこをしたがったのだ。


「済まない、Sirius…!」


必ず、迎えに行くから。




この狼より先に、一歩で良いから先にいたいのだ。




「ぜぇっ…ぜぇっ…ぐっ…」


「う゛ぅっ…うぁぁっ…!!」


胃袋の中でご馳走が暴れて、今にも口から絞り出されそうだ。

夢の中でも、こんなに身体が重たかったことなんてない。



いつだって本気で挑めるなら、苦労はしないのだ。

俺はやはり、狼の風上にも置けぬ、怠惰であったことよ。


言うなれば、然るべき儀式に、正装を纏えぬような、

闘いに挑まんとする戦線の前で、丸腰であるような、

そんな惨めさを覚えていた。


別に、万全であって尚、敗れるのだろうけれど。

貴方の前でぐらいは、完璧でありたかったのです。




その内、二流の自分に慣れるのですかね。

ゆっくり、確実に。


それを、窘めようと言うのですか。


しかし、やっと訪れた平穏なのです。

これ以上ないくらい、幸せなんだ。


どうしても、許されないことでしょうか。

せめて、あいつが笑ってこの世を去るまででも。




喧嘩の傷口も癒えてから、全力で走ることを久しくしていない身体に鞭を撃ち、

どうにかして走り続ける術を思い出した俺は、なんとかヴァン川と洞穴を結ぶ獣道へと合流する。


Siriusは、追い越せた。

後方で、息を切らしながら、一生懸命に走っている。


しかし標的の尻尾は、

ぎりぎりのところで視界に捉えきれていない。



だが、確かに見えた。




あの毛皮のから棚引く、光。




“あっ……!!”



満月に照らされた、蒼い狼の毛皮の先端が……



“あと、二つ…!!”




死ぬ気でそのカーブ、突っ込むしかない。

脚の記憶だけが頼りだ。






幾重にも重なって(ほとばし)るフラッシュ・バック




“グルルルルゥゥゥゥッ……!!”




右後膝の古傷が疼く。




“ウガァァァァァァァッッッーーーーー!!”




ああ、消えそうだ。




――――――――――――――――――――――




呼吸も忘れる程の全力疾走の果てに転がり込んだ、到達地点。



「う゛う゛っ…う゛、うぐぅっ…!!」



冷やりと毛皮を撫でる風に、

吸い込む空気の震えに、

喘ぎ吐いた息の青白さに、



「ぐぅぅっ……ぜへぇっ…あがっ…!!」



俺は狼の季節の到来を感じた。




「あ゛ぁっ…あ、あっ…はぁっ…!!」







その洞穴を塞ぐ、瓦礫の山の頂上。




貴方は、悠々と尾を戦がせる。




「……今度は、一歩。」



「我が速かったようだな。」




悪戯っぽく笑って、私を見降ろすのだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ