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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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256. 大神隠し

256. Spirited Companion


その呼び笛の音にいち早く反応を示したSkaは、

微睡みを拭い去り、険しい視線を俺へと向かって送る。


周囲は一変して、緊迫した空気に満ちていた。


“……?”


どうか俺に、お伺いを立てるような真似をするなよ。

この群れの長はお前だ。

指令を出すのは、お前の一吠えによってしかあり得ぬ。

ましてや、判断を下すのが、俺であって良いはずが無い。


“…意見を、聞きたいんです。”




あの男(・・・)の仕業だと、思いますか?”


“……。”


まだ俺は、ヴァン川の畔に姿を現した人物が、

実の自分の父親であるとSkaには明かしていない。


Teusと十分に話し合って決めたことだ。

この狼が本気で彼のことを護らなくてはならなくなった時に、

牙を剥いてあいつの前に立ちはだかり、必要ならば躊躇なく首元に突き立てることが出来るようにとの配慮だ。


決して嘘を吐いたつもりは無い。

疑うことなく憎むことが、今の彼には必要であると言うだけだ。


“…いいや、違うだろう。”


俺はSkaの瞳を捉えて離さず、本心からそう考えていることを強調した。


“この土地への潜伏はあり得ない。”




ヴァナヘイムであいつの尻尾を掴めずにいたのは、奴が変装の名人であるからだ。


木を隠すには、森の中という言葉がある。

同じ種族の中に紛れ込んでしまった標的は、見つけづらいという意味で使われる言い回しだ。


お前のように鼻の利く狩りの名手であっても、

人間の臭いに溢れた街中では、余所者の臭いを嗅ぎつけることが叶わなかったという訳だな。


しかし、此処ヴェズーヴァに、人間の絶えた都市の片割れだ。

いるのはお前が忠誠を誓った主と、その妃様だけ。


あいつが狼に身を窶すことが出来るのであれば、話は変わって来るのかも知れないが、

それでもTeusを欺いて近づく為には、お前達全員の耳を騙さなくてはならないだろう。


それが出来ると思うか?

だったらあいつは、お前の群れに、ずっと昔から潜伏していた。


俺達は、そんなことにも気が付かずに、緩やかな再生に逸脱した喜びを感じていただろうか?


“…いいえ、違います。”


そうだな。

Lokiの仕業であることは、考慮から外して動かなくてはならない。

Teus自身も、善良な市民に扮したあいつが仕掛けた落とし穴に、まんまと引っかかってしまったことを猛省しているだろう。直感に媚びて、下手に道を踏み外すことはするまい。


“しかし、あいつが叫び声を上げる前に、狼たちだけに通ずる手段で助けを求めた意味を考えることは確かに重要だ。”


何故、呼び笛に手を伸ばしたのか。

少なくとも、その暇はあっただけ、彼は冷静だったのだ。


“その意味を考え、用心して、駆けつけることだな。”


“……?”


“一緒に、馳せ参じないのですか!?”


今にも走り出しそうな後ろ脚をぴたりと止め、Skaは眼を瞬かせる。


“…悪いが俺は、動けない。救出は、お前達だけで行け。”


“…僕だけが誘い出されてるんじゃ…?”


“知るか、あいつの気まぐれなど……。”


“…何か、知ってるんですね?”


“……。”


実に勘が良いことだ。

いや、そもそも俺が駆けつけようとしないこと自体が、不自然に思えて当然か。



“…お言葉ですが、ちょっと際どい推論だと思います。”


彼は目を逸らさず、しかし尻尾に一抹の恐れを漂わせながら、堂々と口答えた。


“Fenrirさん、Teus様の呼び笛からして、位置的にあの方は、ヴェズーヴァの外れにいらっしゃるようです。”


“恐らく図書館のある北部では無いでしょう…”


あの方なら、Fenrirさんのお部屋に入るのなら、必ず断りを入れてからそうするはずです。

内緒で隠し通せるとも、お考えにはならないでしょう。

まず、忍ぶ理由が無い。


“…ヴァナヘイムに通じる東側だと見るのが、正しいと考えます。”


“どうして境界に至ったのか、理由は僕にはわかりません。”


“ですが縄張りの向こうは、Fenrirさんが、たった今教えてくれた、人の森です。”


“対岸に潜む脅威…待ち構えるには、十分な射程圏内であるはず。違いますか?”


切れのある判断力、全く以てお前の資質を心配する必要は無かったようだな。


“…僕を試しているのだとは、思っていません。”



“ですが僕は、もしかしたら貴方が怠惰に成り下がってしまったのではと思ってしまいます!!”


“……。”


“確かにFenrirさんが他の人間と逢いたがらないのは知っています。皆が皆、優しい方なんだと言うつもりも、ありません。ですが…ですが、こんな時にさえ怖がってしまって、姿を隠すことにばかり頭が行ってしまうのは…はっきり言って、見損ないました!”


“僕にもっと力があって、貴方みたいに大きな狼だって追い返せるぐらい強かったら、こんなことは言わずに済んだのかも知れませんが…”


“もっと…もっとTeus様のこと、大事に思ってあげて下さい!”







“…言うようになったな。”


もう、お前に任せてしまえば安心だ。本心からそう思っているよ。


“ごめんなさい。”


“…斥候を、任せたいだけだ。”


成長したのだな。

いいや、初めから。こいつはずっと、俺より立派にTeusを護って来たのだった。

今だけは、お前の熱い視線が背けたいほどに痛い。



“すまないが…どうかTeusを、頼んだぞ。”


“…何かあれば、すぐに遠吠えで知らせろ。”


“お前達が危険な目に遭うことは決してさせまい。”


“急いでくれ、これ以上議論している暇はない。”




“…わ、わかりましたっ!!”




“ウッフ!!ウッフ…!!”


Skaは厳しい吠え声で周囲に警戒を促すと、狩りの精鋭メンバーを呼び集め、捜索隊を即座に組み上げた。


“よし…行くぞ、お前達っ!!”


“…気をつけろよ。”


“……Fenrirさんも。”






狼たちの騒めきも次第に遠のき、

辺りは再びコッコが爆ぜて骨を折られる音と、ヴァン川の潺で満たされた。



水面は未だ明るく、日が昇るまで持ち応えてくれるだろうか。



満月も薄雲の外套を身に纏って、今宵はお役御免であるかと気を悪くしておられるようだ。



「…動いたようだな。」



一匹だけ、炎の爆ぜる音から逃げ去るようにして、

群れ仲間の憩い場を後にする。



「Skaへの配慮、感謝するぞ。」



それは、Skaの引き連れた捜索隊とは袂を分かつ方角。

ヴァン川の対岸へと向かう足音だった。



「……これより追跡を開始する。」





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