223. 似姿焼き 2
223. Raze the Effigy 2
“あっ!来ましたよ、Teus様っ!!Fenrirさん起きてっ!”
“あんまり大声で騒ぐな…薄暮の過敏な聴覚に響く。”
「ごめんごめん…!みんなお揃い?」
待たせてしまって、済まなかったね。
のんびり寄り道しながら行こうと思って、遠回りで街の外れまで来たら、けっこうぎりぎりになってしまったよ。
ついつい、見とれてしまった。
沈む日に陰った街並みは、いつもと何一つ変わらないはずなのに。
この日を特別だと思い決めた途端に、彼方から媚びて来ているようで。
変に思うかもしれないけど…なんだか、今日は夕焼けが見える気がする。
「あと、飾りつけありがとうね。」
至る所の玄関で、白樺や、ポプラの葉が茂った枝を飾ってあるのを見た。
まだ室内の状態が良い家屋の窓辺には、花瓶が用意されていて。
そこには、俺には区別がつけられなかったけれど、スズラン、ナナカマドやウワミズザクラ、ライラックといった花が挿されていた筈だ。
祭りに合わせて、そのような支度のできる住民は、この土地にはもういないはずだったけれど。
玄関に疎らに灯されたランタンのお陰で、
一夜限り、まるでこの土地に、活気が戻ったかのよう。
「ご要望に応えられていたようなら、何よりだ。」
「…しかし、大変だったのだぞとだけは、伝えておこう。」
「人手が足りぬとは決して言わぬが、俺達はお前も、一緒に手伝ってくれるものだと思っていた。」
「ご、ごめんなさい…」
Fenrirが王様の我が儘などと詰ったのは、この為だ。
実は、祭りの準備を寝ぶっちしてしまったのだ…
俺も参加者の一人であろうとして、朝方には薬草摘みなんかに勤しんでみた。
露が下りる前の、活力のある時間帯に摘むと、病気を治す力が宿るだとか何とかで。
Freyaが少しでも長生きしてくれれば良いなと、柄にもなく早起きを敢行したのだ。
数種類に渡って集めれば良いらしいのだけれど、そう言った知識に乏しい俺は、Skaの鼻が導くが儘に草叢へ深入りし、彼女に教えられるが儘に腰を屈めてヴェズーヴァの外れの雑木林を周った。
若い男女がそうするのが習わしであるとされているが、俺みたいなご老体には滅茶苦茶しんどくて、
…気が付いたら、昼過ぎまでずっと狼のように眠ってしまっていたのだ。
枕の下に置いたりすることで、将来の出会いが約束される。なんて言い伝えも忘れて。
「えっと、とても反省していて…」
「ああ、そうであろうとも。謝罪の意は、しっかり労働への対価として、存分に示されると期待している。」
「わかってるよ…それは安心して貰って構わないから。」
彼は半笑いの俺を冷淡に見つめ、フンと鼻息を鳴らす。
「…では、点火するぞ。」
「うん、お願い!」
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「…本来は、湖のそばで、焚火を燃やすんだよ。」
「…この火のことを、向こうではコッコ《Kokko》と呼んでいた。」
「水辺で燃やすのが、慣わしであるのだな。」
そう。
大木を重ね合わせ、Fenrirぐらいの大きさの巨大な薪の建造物を用意して。
夜通し川辺の水面が赤く染まるように、燃やし続けるんだ。
「…確かに、街のど真ん中でこれをやると、燃え移って大火事になりかねないな。」
「というと……?」
「何でもない。潰れた廃屋の後始末を任されているのだけなのではと、ちらとだけ疑っただけだ。」
「あー、あの…木材、運び出してくれてありがとうね。」
祭りの敢行には、かなりの燃料と火力が要る。
君のような怪力と、炎を噴ける力の持ち主無しには、成立し得なかったって訳さ。
お願いだから、そんな、根に持たないで。
これだけ離れた所から見ても、凄い熱気だろ?
そういや聞いてよ。
Fenrirが着火するとき、俺はもちろん大丈夫だと分かっていたけど、
炎の渦に巻き込まれた君を見て、Skaがびっくり仰天しちゃってさ。
もう目をまん丸に見開いて、毛を逆立てちゃって。
初めに伝えておけば良かったね。
“ほんとに、びっくりしました…”
「仔狼たちの教育上も、宜しく無いな。痛い目を見て覚えることの無いよう、火の元はお前が管理しておけよ。」
「そうだね。君とだけ、一緒にいる訳じゃないんだってこと。再認識させられた。」
「……。」
「これが、’夏至祭’ だよ。」
と言っても、だいぶその時期からは、過ぎてしまっているけど。
冬の長いこの世界にとって、太陽の陰りを示す節目の儀式。
この日の夜は、昔から神秘的かつ超自然的なものと結びついていると考えられてきた。
夏至を過ぎると、再び日が短くなり、夜が長くなっていくためで、悪霊がそのあたりを歩き回るとも信じられたり。
だから、ヴァナヘイムには、初めて俺達が訪れた時に想像したみたいに、
嘗ての住人たちが歩いているのかも知れないよ。
一夜限り、本物の幽霊街《Ghost Quarter》って訳だ。
「ふうん…」
あれ、あんまり興味無さそうだね?
「いや……死者も天上に昇ったかと思えば、急に呼び戻されたりなどして、忙しいなと思ってな。」
「そう…?霊だって偶には、地上の世界も歩いてみたくなるんじゃないかな。」
俺は昔から、そんな風に思って、このお祭りのことを眺めてた。
「Fenrirは、この世界に戻って来てみたいとか、思わないの?」
「それは英雄たるお前が、外の世界とアースガルズを、気軽に行き来してきたから言えることだ…」
「もちろん、初めは未練からそんな気にも誘われるだろうが。次第に在りし日の光景から、目を背けたくなるような気がする。」
「そっか…一日ぐらいなら、良いものだと思うけどなあ。」
「飽くまで俺の場合は、だ…」
「先に広場に戻る。溜まったガスを吐き出したら、腹が減った。」
「分かった。すぐ晩御飯にしようよ。」
またいつでも、見に戻って来れる。
心配しなくても、明け方までコッコが燃え尽きる心配は無いだろう。
というか、此処でもうちょっと眺めていたいなんて我が儘を言ったら、それこそ謝罪の意はどうしたとか、牙を剥いて迫らせそうだし。
「ああ、でも戻る前に、ちょっと…」
危うく忘れるところだった。
俺は外套の中に仕舞い込んでいた、手のひら大の花輪を取り出す。
「もう萎れちゃってるな…」
明け方に摘んだそれの残りで編んだ。もともと不器用な上に、左手が全然思い通りに動かなかったから、所々で解れてしまっている。
でもまあ、お祭り気分を味わう分には、ちょうど良いだろう。
「川辺で流すのが、風習なの。」
「それは、どういう意味合いがあるのだ?」
「ええとね…何だっけかな。」
「ごめん、忘れちゃった。」
「はあ……?」
後で、Freyaにでも聞いてよ。
「よくもまあそんな生半可な知識で、お祭りの主催者が務まるものだな。」
「良いだろ…別に…!」
さあ、もう行こうよ。
Fenrirがお腹減ったって言ったんだよ?
「おい。流しておいて、見届けなくても良いのか?」
「知らない…!」
お願い、言わないで。
見たくないよ。
見たくなんか、無いんだ。
結末なんて。