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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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222. 夜群れの伏兵 

222. Nightpack Ambusher  


互いが、互いのことを疑い始めている。

非常にまずい状況にあることだけは確かだった。


ウッドデッキに腰かけ、脚をぶらぶらと揺らしながら、

眠れぬ夜更けを潰して物思いに耽る。


左手足を支えていた装備を外すと、身体が想像以上に軽くて驚いた。

萎れた半身を補ってくれているのだから、寧ろ逆に感じるのだろうかと思いきや、

まだ身体が慣れきってしまっている訳ではないらしい。

しかしそれと同時に、こいつら無しでは碌に出歩くことも出来ないと思い知って、

情けないなと思いながら、入り口を出た数歩の所で、ぼんやりと晩夏の空気を吸うのにとどまっていたのだ。


「はぁー……。」


Fenrirが帰り際に聞かせてくれた言葉を、ずっと反芻し続けている。




“良いか、お前は何もするな。”


“どうせお前がこそこそと嗅ぎまわる真似をしても、

すぐにお付きの狼様が異変を敏感に嗅ぎ取るだろう。

俺にその違和感を伝えてくれるのならまだ良いが、

余計な不信感を孕ませるようでは、本末転倒だ。“


“誤解の無いように言っておくが、Siriusはお前の二の舞となる。”


“それだけは、回避せねばなるまい…”


“だからお前が見守るべきは、今まで通りの、民であると心得よ。”




仮にも群れの行く先を見届ける立場として、黙って何もしない訳には行かないけれど。

愛おし気に眺める風を装って監視を続けるのは、心が痛んだ。


「狼までもを、疑わなくてはならないなんて…」


狙いは何だ。

何故、Siriusが…?



がさがさっ……



「……?」


誰だ?


涼しい微風(そよかぜ)に紛れて、暗闇が蠢く。

部屋の蝋燭も消灯済みだ。傍らに置いてあるランタンの灯りは、目の前にある筈の通りまでさえ届かない。




「ああ…Skaか。」


困ったことだ。

噂をすれば…か。


「ただいま、さっき帰って来たんだ。」


俺、眠っちゃったみたいでさ。

Fenrirが起こさないように、そっと家まで送り届けてくれてたんだ。


まだあいつ、皆の元に姿を現していないのかな?

だったら、君が気が付かなかったのも、無理のないことかも知れないね。

大丈夫だよ、無事に帰って来れた。

こんな身体でも、俺はまだ動けるみたいだよ。


今度は、Fenrirに頼んで、皆で一緒に遊びに行こうね。

Freyaも、連れて行きたいな。

また荷物が増えたって、文句を言われそうだけど。


“ぐるる…?”


「どうしたの…?」


ああ…もう、心配されちゃっているんだ。


どうしたんですか?

僕がお留守番している間に、Fenrirさんと何かあったのですか?


そう不安げに尾を揺らしている。





「……。」


俺自身に疑いの眼が向けられるのは、全然構わなかった。

牙を剥かれて罵られても、当然の立場だったのだから。


突如として申し込まれた、Fenrirという大狼の力量を測る試練。

俺は立場も弁えずに、自らを中立だと言い張ったけれど。

どうしてそんな戯言が信じられるだろうか。

俺が、元々どんな神様で、どんな血を流していたかを考えれば。

その天秤を持つに相応しいと考えるのは…


そう、とんでもないお人好しぐらいだ。


俺は、主神へと、Fenrirのことをどのようにでも報告できる。

お前は、裏切り者でないと、言い切れるのか?

自分が試される側でも、そう問うただろう。



Fenrirには、多大な負担を掛けてしまって、申し訳なく思っている。

寧ろ俺の疑いを晴らすために、奮闘してくれたのには、涙が出るほど有難かった。


俺は、‘操られて’ いないと。

自覚なく、巣食われていないと。

どのようにして、証明できるだろうか。

今此処で君の力になりたいと考えている俺の敵は、

果たして俺を牢獄の外から監視する、

全知全能の神様であるのか?


それを否定したくて。


俺は、彼の指示に忠実に従い、

きちんと彼に加担したつもりだ。


彼が決して知り得ない第14問目の答えを、秘密裏に口ずさんだ。



…しかしそれを、

彼は受け取らなかったのだ。


なぜ?


ほら、ごらん。


内なる声が嗤う。


君もまた、Fenrirのことを、疑っている。




“今度は、それよりも更に厄介な状況であることを、認識せねばならない。”




Fenrirの推論が正しければSirius自身に、神々の遣いとされている自覚は、全く以てない。


それは、俺も同じことだ。今までの自分なら、そう反駁しただろうけれど。

俺には、俺自身が神の遣いとされている自覚こそ無いが、もしかしたら、自分の知らない内に、彼らにとって都合の良いように動いてしまっているような。

そんな恐怖は、絶えず付き纏っていたから。


彼は、純真無垢に、遣われている。


疑われることに、全く以て無力だ。


決して、悟られてはならない。

あの仔がどれだけFenrirのことを好いているかを考えれば、どれだけ小さな傷も、その自尊心につけられてはならないんだ。


それでいて、この劣境を覆そうと集った仲間は、こんなにも頼りない。


Skaがもし、水面下で起きている異変を知ったらどうなる?


彼もまた、本当に一生懸命に働いてくれた。

兄弟暗号を完成させるのには、無くてはならない存在であったことは、疑いの余地が無い。

俺に対して向けられる疑いも、決して彼の忠誠心を揺るがせることは無かったみたいだ。



でも、それが我が仔であるとなった時に、彼は同じように冷静さを保っていられるだろうか?

Siriusの為なら、自らを危険な目に遭わせることも厭わない。


それは、群れのボスが、最もしてはならない失態だ。


大切な仲間を想って、群れを壊滅に追い込むような。

心痛む物語の主人公になるのは、彼が最も恥ずべき美徳。


駄目だ。今回ばかりは、彼には頼れない。




従って、群れの中に、頼れる狼は一匹もいない。

Fenrirを除いて。




「何でもない。大丈夫だよ…」




結局、何も変わっていないのだ。


Lokiが、望んだ通りになっている。


ヴァナヘイムの村人たちの中に潜んだ刺客を恐れていた時と、何も変わらない。

余所者を良く思っていない人たちに、巧みに取り入り、煽り立てたように。



「全部うまく行くから…」



「きっと、全部……」



彼は、ただひたすら、俺を取り巻く物語をかき回して。

互いを疑心暗鬼にさせることができれば、それで満足なのだ。





Ska、やっぱり夜更けは毛皮を剝いだように寒いよ。


どうか君のことを、ぎゅって抱きしめさせて?





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