221. 陰惨な発見
221. Gruesome Discovery
日はとっぷりと暮れ、互いの表情は影を色濃く落としていたが、
それでも戸惑いを隠せぬ様子が、ありありと見て取れたことだろう。
「どう思う、Fenrir…?」
洞穴の入り口付近で俺たちは顔を近づけ合い、互いが同じことを予期していることを確認する。
彼を心行くまで長居をさせてあげようと計らった帰り際、俺たちは思いもよらぬ発見に脚を止めた。
「わからない…」
じっと ‘それ’ を見つめ、沈黙を保っていた彼は、そうとだけ答えた。
「しかし幾つか、検証する必要があるようだ。」
「この前の大雨で、目ぼしい手掛かりの大半は洗い流されてしまっているだろうから。
余り期待はしていなかったが…」
地面の臭いを丹念に嗅ぎながら、Fenrirは自分の推論をぽつぽつと語り出した。
「だが、見方を変えれば、狼の営みによって残る痕跡だけが淘汰され。
寧ろ不自然な手がかりが浮かび上がってくることもあるやも知れない。」
「俺がSiriusを見つけてから、誰も此処を訪れていないのであれば、の話だがな…」
「しかし普通に考えれば、これは、あり得ないことだ。」
「…あり得ない。」
彼はそう強調する。
「お前は、どちらだと思う?」
「…?」
「どちらの ’遺骨’ だと思うか、意見を賜りたいのだ。」
「や、やめてよ…」
別に、嫌がらせをしたいのではない。
奇跡の担い手であるお前の方が、優れた嗅覚を有していることもあるだろうかと考えてのことなのだ。
「そ、そんなこと言われても…」
でも、少なくとも、元々あったSiriusの遺骸では、無いよね?
彼の亡骸は既に朽ちていて、頭部しか残されていなかった。
だから、身体の一部…見た所、胸骨の端であるようだけれど、
そんなものが今更出土することなんてあり得ない。そうだろう?
「お前の言う通りだな。」
「しかも、覗いている骨端だけで、お前の頭蓋ぐらいのサイズと来ている。」
「つまりこれは、間違いなく、俺か、俺の自決に巻き込まれた哀れな犠牲者のものに違いない。」
「あの時は…全く、気が付かなかったがな。」
「そりゃあ、そうだよね…」
もし仮に見つけ出してしまったら、どんな面持ちでそれを眺めれば良いか。
今生き永らえている自分が、その亡骸を引き摺りながら歩くだなんて。
想像しただけで、喉首を掻き切りたい衝動に駆られる。
「何の話だ…?」
「俺はお前が持ち掛けた、隠れん坊の話をしているのだぞ?」
「え…?」
「眠っているSiriusを見つけたのは、この洞穴の石段の上だった。」
「…ごめん、話が噛み合ってなかったかも。」
そうか。Fenrirの探査能力を測るための対戦相手として、同じく狩りに秀でたこの森に潜ませた狼を宛がったのだ。
そのメンバーのうちの一匹に、確かにSiriusはいた。
人選は、俺では無かったけれど。
「ふふっ…何だと思ったのだ?」
彼の眼は、少しも笑っていない。
「俺が、お前の介錯を願い出るなどという、馬鹿げた演技をしでかした時の話だと思ったのか?」
「え…と…」
余りにも軽々しく茶化されてしまい、面喰ってしまう。
彼がちらと垣間見せた笑みは、満月に魅入られたように狂っていたのだ。
「この窪みの中に、一匹の狼が潜り込む余地は、あったと思うか?」
「ここ…?」
腰を屈めて、鼻先で示された瓦礫の隙間を覗き込む。
「危なそうだけど…まあ、入れないことは無いかも。」
自分の身体に気を遣わなくて済んだとしても、一度身体を収めてそこから抜け出せるか不安だ。
「Siriusは、此処に隠れていたの?」
「いいや、あの脚では、とても這い出せまい。少なくとも、彼はそう考えたはずだ。」
「…不可解な点は幾つかある。」
Sirius自身は、覚えていないと言った。
気付いたら、此処で眠っていたと、話してくれて、それは恐らく嘘偽りがない。
記憶を消されているか、知覚される以前に、神隠しに遭っていると推定される。
俺が此処で彼を見つけた時、勿論気が動転していたから、直感に相応しい違和感であった自信は、正直言ってない。
しかし、争った形跡は無かったのだけは、やはり不自然であったのだ。
彼が身を隠すために逃げ込んだ茂みから攫った草や枝屑、そういったものは毛皮に纏わりついていなかった。掘り返すような動作の痕跡となるような、肉球の間に詰まった土もない。
これは、とりわけ彼にとって重要なことだ。
あいつは、殆ど完璧に義足を使いこなすが、一つだけ克服し難い弱点が残っている。
「…分るか?」
今のお前なら、容易に想像できることだろう。
「横…移動、かな?」
「概ねその通りだ。お前自身も日々、痛感していよう。」
確かに自然に歩けるようになっている辺り、その脚甲の効果は目を見張るものがあるようだ。
しかしながら、そうだな。整地されていない道では、時折よろけてしまうのも無理はなかろう。
今もお前が瓦礫に脚を引っ掛けて転んでしまわないか、危なっかしいことこの上ない。
「そしてそれは、彼自身が一番理解しているはずなのだ…」
だからこそ、彼は素晴らしい狼であることよ。
右後ろ脚が被った一瞬の不安定さを、残った三つ脚の跳ねるような走りで補っている。
彼より受け継いだ、手負いの走法よ。
それは即ち、この狼とて、歩いている時は、居心地を悪く感じているということに他ならぬ。
掘り返すような、後ろ脚に重心を預けるような動作も、同様にだ。
どうしても、突っ張るだけの義足を支えに、前脚を浮かせることはしたくあるまい。
「ならば彼が、俺に見つけて欲しかったからと言って、態々これ見よがしに、こんな所へ登ってから眠るだろうか…?」
確かに彼は蒼い。
しかしそれでも、お前に決して飼い慣らせぬ狼であるのだ。
此奴が、脅威を察知することさえ叶わなかった理由は、何だと思う?
「当然だが、あいつは何故、この洞穴が崩落してしまったのかを、知らない。
嘗て此処に、誰が眠っていたのかも…」
「Teus。彼自身の意志では、断じてないのだ。」
それだけは、断言できる。
それでいて、これはOdinの仕業であるとして、考えられるだろうか?
洗脳とか、熱烈な啓示、その類が考えられるか?
そうだとして目的は、何だ?
「何故、掘り返すような真似を、唆されたのだ?」
「…彼を見張りたいと、思っている。」
留守番を任せたのは、僥倖であったようだな。
Skaには、どうか黙っていて欲しい。