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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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219. 日々を喰うもの 

219. Eater of Days


覚束ない足取りでこの街路を彷徨っていると、

昨冬の遭難を思い出す。


あの時はまだ、ヴェズーヴァは此処には無かった。


Fenrirの助言も甲斐なく、Teusの仕掛けた罠に嵌められた俺は、

ヴァナヘイムから遠く離れた、ルインフィールド邸への流刑を執行されたのだった。


絶望に打ち拉がれ、その場から一歩も動けぬまま、

微光地を呆然と眺めていた。


もし隣にSkaが居てくれなかったら、どうなっていただろう。

恐らく、抗うことをしなかったのかな。

ゆっくり己に向き合うことを許してくれた環境に、寧ろ感謝しながら、

幽霊街を歩く一人へと没していた。



未だ兄弟たちの思念が息づく、伝説の土地。

その防御円は、決して大狼たちの到達を許さなかった。


けれど、そんな逸話も、今では昔の話。

こうして元ある場所へと還って来た故郷の片割れは、

嘗ての同胞たちと共に、新たな群れを成して暮らしている。



「Ska…」



俺の方を何度も振り返り、様子を窺っては、雪道を突き進む君の姿が浮かんだ。



寒い。

そんな弱音を狼に咎められずとも、これから先が、思いやられる。



みんなは、何処に行ったの?

そこの家屋の影から、見慣れた狼の耳が顔を出してくれたりはしない?


そんな期待を勝手に抱いては、

王様への扱いがちょっと冷た過ぎはしないかと、

仔狼らしく震えて見せる。




「また冬用の装いを仕立てないと…」




足取りは、重たくなっていく一方だった。




――――――――――――――――――――――




彼らは予想した通り、枯れた噴水の鎮座する例の集会場に(たむろ)していた。


忙しなく行き交う狼たちの雑踏が、気づけば此処でのいつもの朝の景色だった。

すれ違いざまに、互いの毛皮を擦り合っては、それを挨拶の印として尻尾を揺らしている。

とりわけ、若くて地位の低い狼たちにとって、薄明の時間は貴重な交流の場であるのだ。

どれだけ鬱陶しく思われようと標的に選んだ群れ仲間の首元の毛皮を目掛けていそいそと近づき、

額から耳の間を潜り込ませると、そのまま通過して背中の毛皮まで滑らせていく。

それを受けて、面倒くさそうに顔を背ける者もいれば、機嫌次第で満更でもなさそうに無抵抗で目を細める狼もいるから、諦めきれないのだと思う。


しかし、その光景を今日は拝めず、どうやら俺は出遅れてしまったらしかった。


彼らが騒ぎ立てているのは、別のものがお目当てであるらしい。



「あ、もう来てる…」



速達便だ。


前まであった金属箱と、見た目は何ら変わらないけれど。

支援物資は十二分に充填済みと見える。


道理で、此処まで来る道中に一匹も出会わなかった訳だ。


“ウッフ!ウッフ…!!”


強烈な誘惑の香りを放つ暗闇の中へ、警戒心も忘れて入り込む先達が、満足げに口元に戦利品を抱えて戻って来るのを見て、我も我もと後続が押し寄せる。


取り合いをするのも馬鹿らしいと思える程に潤沢な食料を手に入れると、彼らは思い思いの場所で、贅沢な朝食に耽るのだった。






そして彼は、(はぐ)れ狼のようにして

遠巻きから物憂げにその様子を見つめている。


「おはよう…Fenrir。」


「ようやくお目覚めか。」


既に自分の分は確保済みのようで、前脚の間には、一頭の牡鹿が横たわっていた。


「そろそろSkaを遣いに出してやろうかと思っていたのだが。薄情な奴だ、中々貪る口が休まらなくてな。」


「いいよ、俺のことは…」


内心寂しがっていたのは内緒だ。

別に、君が迎えに来てくれても、良かったのだけれどね?


「見張っている必要があった、一応何が仕掛けられているか分からないからな。」


「そうか、そうだよね…ありがとう。」


大丈夫そう?不審なところとか、無かった?


「今のところはな。」


「そう……なら良かった。」


「Freyaは、部屋に戻りたいと言うのでそうしてやった。後でお土産と共に、扉を叩くと良い。」


「…ありがとう。そうさせて貰うね。」







「終わったんだよね…?」


隣に座った俺はおずおずとそう切り出し、それから思い出したようにフードを目深に被せた。


「…無事に、何事も無く。」


「それをお前が尋ねるようでは、此方としては困ってしまうのだがな。」


全く以て、Fenrirの言う通りだ。

俺が未だに不安を拭いきれてないようでは、皆も安心させることは出来ない。


「試験官が、いつまでも受検者に問題を解かせるのも、如何なものかと思うぞ。」


「う、うん…そうだよね…」


「ただ、なんか、すっきりしなくて…わかる?」


「うむ……」




「お前が終わっていないと思うのであれば、そうなのでは無いか。」



「え…どういうこと?」


「そのままの意味だ。」



確かに、取引は成立した。

約束通り、彼らは継続的な物資の支援を決行した。

俺たちに契約違反を少しも疑わせぬ迅速な対応からも、それは信じて良いことだろう。


俺達は、越冬の糧を手に入れたのだ。

これは途方もなく大きいことだ。

全員が、狩りを主体として生き永らえるのは、はっきり言って俺の介入無しには難しかっただろう。

今年の冬は、ヴェズーヴァの狼たちが人間の存在を伴わずに乗り切る初めての年になる筈だった。

聞いたところによると、長老様という奴は、けっこうな甘やかしをなさっていたそうじゃないか。

お前とさして変わらぬ、配慮に欠けた人物だ。お人好しならぬ、狼好しという訳か。

悪い意味で言っているんじゃないぞ。

しかし餌付けは、餓死に対する警戒心を奪う。

こうなることを予見出来ていなかったのであれば、初めから番狼などと聞こえの良い地位を与えるべきでは無かったのだ。


Skaの血族から距離を置いていた狼たちだって、例外ではない。

野良犬よろしく、ヴァナヘイムの街中で堂々と喰い物を漁るようなことはしていなかったようだが、

それでも人間によって脅かされる恐れの無いことを前提とした彼らは、半野生と呼ぶに相応しい個体だ。

それなりに素早く順応するだろうが、縄張りを諦めることさえ検討しなくてはならなかったはずだ。


勿論、俺が群れに受け入れられたからには、誰もひもじい思いをさせるつもりはないが。

ヴェズーヴァでお前と暮らすことを選んだ狼たちの未来は、決して明るくなかったのだ。


Ska自身が、それを一番自覚していたことだろう。

ヴァナヘイムに留まり続けることが、群れを生存させる最良の選択であることを、彼は理解していたよ。

故郷を追われたお前とFreyaに縋る見返りなんて、これっぽっちも期待できなかった筈だ。


それでも、お前を選んだ。


「……。」


力尽きつつある今の姿が、お前にとってあるべき姿であると言うのなら、それも良かろう。

俺も、目を背けない。

だが、お前が衰えるということは、

長の陰りが何を意味するのかは、

もう少し考えた方が良い。


あいつらは、何もお前に訴え無いだろうから、

この場を借りて独り言としておく。







「しかしそれを、免れたのだ。」


「運命は変わった。」


「…何の価値があるか分からぬ、俺に関するあらゆる情報と引き換えに。」


Fenrirは、重々しい声音で喋ることを諦め、目の前の肉塊に牙を突き立て、そのまま口へ放り込んだ。


神の恵みに感謝だ。

悲観的に思えた未来は潰え、俺たちは安心して雪原の地平を駆けまわれる。

お前の勇気に賛同し、協力して良かったよ。







今回の結果を、彼らは貴重な資料として利用するだろう。

目的など、窺い知るものか。

俺は、何も知らない。


しかしそれは今でも無ければ、此処でもない。

その成果を拝めるようになるのは、全知全能の神様と言えど、もう少し先のことだ。




そう考えながら、残りの日々を食い潰すのも、それはそれで幸せなことだろう。




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