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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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218. 交錯の混乱

218. Muddle the Mixture


「……。」


不思議だ、寝起きは悪い自信だけはあったのに。

今日はすっきりと目が醒めて、少しも眠気を感じない。


きつく目を瞑り、俺はこの世界で何をしていたのだったかと、記憶を頭が取り戻すのを待つ。


この、眠りに就くまでの記憶を取り戻すまでの、

誰でもない存在でいられる時間が好きだった。


その時間が、だんだんと長くなって、

遂には、漂った自分を取り戻し損ねるような―


そんな恐怖を想像できるのは夢の外でだけ。

目が醒めるまでは、知覚さえしない。


仮に、本当に忘れてしまえたなら。

俺は失ったことにさえ気づかず、

幸せに生まれ変われているのだろう。






ああ、そうだ。

そうだったね。


俺はまだ…運命の途中、なのだった。




眩しさに目を細めていると、開け放たれた大扉から朝日が溢れ出ていると分かった。


此処は…そう、図書館だ。


宴のような騒々しさなど、端から無かったけれど。

辺りは書物が犇めくに相応しい静けさだ。


あのまま、館内で夜を明かしたのだっけ。

良かった。夜通し続いた大嵐も、何処かへ駆け抜けて行ってしまったらしい。


大狼の進言を聞き入れ、避難を決行して正解だった。

あれだけ激しい風雨に殴りつけられようと、此処なら安全に夜を越せるようだね。




―寒い。



…覚えていない。

結局、どうなったのだっけ。




俺は無事、彼らの対話を取り持つ役目を全うしたのだろうか。


最終問題に、辿り着いたのまでは覚えている。

あれから、彼がどのように答えたのだったか。


舌の上には、僅かにだけ、

喋り慣れない言の葉が(うずくま)っている。


「……。」


目の前の机には、何も置かれていなかった。

何処へやってしまったのだろう。

引き渡しの約束も無かったから、自然と消滅してしまっていても不思議ではないか。

でも、色々と引っ張り出した書物も奇麗に片付けられている。

閉館の知らせがあったことだけは、確かなようだ。


独りでに?それとも。

君たちが、もとあった場所へ、戻しておいてくれたのかい?


「……?」


フードを捲り上げようと、右手に力を込めた瞬間、その冷たさに驚いてしまった。

血の気が、まるで感じられないのだ。

それでいて、血流を遮られてしまったような、痺れた感覚もない。

到頭、生身の身体にも、がたが来てしまったのだろうか。


「ああ…」


マントの中から覗く籠手の光沢で合点が行った。


こいつのせいか。


衣服の上から装着しているとはいえ、冷たくなった板金が身体に密着しているのだ。

外気へ抜け出る放射熱の影響を甘く見てはならない。


騎士が甲冑の上からマントを羽織るのも、防寒と日除けの意味合いが総じて強いと聞く。

日に当たれば、鎧は忽ち熱くなって全身を襲うだろうし、冷え切った夜中には、板金の内側から凍える羽目になる。


薄手の外套から晒しだされた右手は芯まで冷やされ、義手のように鈍い感覚しか残っていない。


普段は外して眠るようにしていたから、気が付かなかったが、心地よい着け心地も時には仇となることを、身を以て知ることになった。




…しかし、それを差し引いても、全身が寒いな。


すっかり冷え切ってしまって震えることを忘れた身体は、死人を思わせる硬さだ。



息を吐くと、白い靄がフードの内側に舞ったのを見て驚いてしまう。


夏も、気づけば終わりを告げていたらしい。

この大雨が、籠りがちな熱気を全て、奪い去ってしまったのだ。



思わず、自分の温もりを未だに残した毛布を思って、外套の裾を握りしめる。




―そうだ。


Freya…Freyaは?


道理で、腕が軽い訳だ。

隣で、一緒に眠っていたのに。

少なくとも、幸せな夢の中ではそのつもりでいた。

それなのに右肩にあった柔らかな感触は、気づけば軽やかに緩んで溶けてしまっていた。


…皆は?



慌てて、と言うには程遠い鈍さで席を立ち、フードを外して館内を見渡す。



「Fenrir…?」


「Ska…?」


誰もいない。

彼ぐらいは、膝元で甘えて、温かな早朝を提供してくれてもよさそうなのに。


陰で試験に臨んでくれた、狼たちでさえ、もぬけの殻。

皆一匹残らず、図書館から出て行ってしまったのだ。



どうして、俺のこと、置いて行っちゃったんだろう。



自分では覚えていないだけで、まだ起きたくない、放って置いてくれとでも癇癪を起したのだろうか。

それでも、一緒に連れて運び出してくれても良さそうなのに。



俺は、皆を怒らせてしまったのかな。

酷い夜に、彼らを巻き込んでしまったこと、心から申し訳なく思っているのだけれど。

それにしても、ちょっと冷たい仕打ちじゃないかと思ってしまった。



いつまでもこんな所でうつらうつらとしていると、本当に凍え死んでしまう。

もう一度座り込んでしまう前に、皆と合流することにしようか。


「うぅ…」


変な姿勢で眠っていたせいで、身体は針金を通されたようにばきばきだ。

そして足元の冷気は、膝下の感覚を完全に奪い去り、俺を亡霊へと変貌させてしまったらしい。


足甲はきちんと機能している筈なのに、足取りは亡者よりもたどたどしい。

これが、季節に順応できない愚か者の末路か。



狼の喜びそうな寒気だ。

昼は温く、そんなことも忘れて、また黄昏に弱音を吐くのだろう。

今度は、置いて行かないでよ。


「さぶい……」


マントを身体にきつく巻き付け、

俺はそんな恨み言を吐きながら、試験会場を後にしたのだった。





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