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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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211. ヴァフズルーズニルの歌 11

211. Vafthruthnir’s Sayings 11 


"…それまで、楽しみに待っていると良い。"


最後の一言が、妙に耳元にこびりついた。

どういうつもりで、彼はそう言ったのだろう?


予言が実際にその通りの結末となるかは、その時を迎えなくてはならないから。

答え合わせが楽しみだなと笑うのは、頷ける心理であるのだ。

自信を表情に隠さないのも、きっとそのせい。


だけど、考え方によっては。

これって、記録に残しておくべきだろうか…


「あ……。」


僅かであったが、躊躇している間に、インクがぽたりと紙面に垂れて広がった。


「……。」


止めておこう。

書いてしまったら、インクの跡は消せない。


この一滴も、そのまま残されるより他無いんだ。







「さあ、次の問題は何だ?」


「え…?ああ、ごめん。ちょっと、綴りを間違えちゃって…もう少し、待ってね…」


はっと我に返ると、Fenrirは気怠そうな欠伸と共に口の裏側を披露し、

既にこの難問に対する興味を失ってしまっているようだった。


「というか、全部で何問あるのだ。それすらも、知らせては貰えないのか?」


「えーっと、あとちょっとだと思うんだけど…」


ページの端を掴んでパラパラと捲ってみる。

物語であれば、もう後書きを記すぐらいの余白しか残されていないように見える。


「あと、2,3問ぐらい?」


「そうか。それぐらいなら、まあ我慢してやるか。」


「けっこうな、長丁場だったよね。…一端、休憩する?」


頭を使いっぱなしで、疲れちゃっただろ?

問題の難易度は、終盤に近付くにつれて跳ね上がっていくと考えれば。

ここらで、一息入れるのも、悪く無い。


何より、俺自身が、状況を整理したかった。

まだこの試験の全貌を、把握できていない。


「早く雨、止まないかなあ…」


Fenrirが、暗号を通して会話を持ち掛けて来た意図も。はっきり言って謎のままだ。

明らかに彼には、その必要性を感じて、13問の間で、狼たちに、狼の言葉だけを駆使して、本棚の配列による伝達手段を完成させた。

いや、もっと前から、この暗号は彼らの間で共有されていたのかも知れないが。

そうだとしても、この試練が対話形式であることも、試験会場が図書館内になったことも、予測できたわけでは無い筈なのだ。

少なくとも、右手で平静を装って休みなく働き続けているFenrirの側近たちは、不測の事態に柔軟な活躍をしてくれている。

これは、Ska一匹ではどうしようも無かった手段だから。


でも、何故、必要なんだ?

俺の右眼に映る視界は、彼らに筒抜けであることを、秘密裏に知らせたかった。

それだけか?

それとも、その事実自体が、重要だってことか?


それも、次の問題を読み上げれば、明らかにされると?

Fenrirには、その確信を持っていて。

狩りを始める前の、周到な準備を済ませていたのなら。


…此処からが、本番だ。

そんな気がする。




「別に疲れてはいないぞ。ただ、身体を動かしたくて、うずうずしているだけだ。」


「ああ…そうだよね…ちょっと、伸びでもしたら?」


彼は、俺が本棚の異変に気が付くまで、その場から微動だに出来なかった。

俺の視線が、少しでも今の状態からずれたら、今まで成立していた絶妙な構図が台無しになってしまうからだ。


もう、動いても大丈夫だよ。

ごめんね、気づいて上げるのが遅くなっちゃって。


「まあ、俺は出題されたら、答えるだけだからな。試験官様の指示に、従うぞ。」


そう言うと、彼は徐に立ち上がって窮屈そうに周囲を見渡すと、気怠そうに天窓の暗雲を仰いだ。

これだけ広い神立魔法図書館も、大狼を一匹迎え入れるのがやっとのようで、壁まで迫る彼の巨大な躯体が際立つ。


「身震いして良いか?館内では、毛が散るから控えるようにしていたのだが。」


「勿論、どうぞ…?」


そんなことに、気を遣わなくっても。

でもFenrirにしてみれば宝物の詰まった魔法の屋敷だから。一応清潔に保っておきたいということなのかな。

今度、図書館内の大掃除しようか。

とんでもなく長丁場になりそうな予感しかなけど、埃が積もったままじゃ、可哀そうだろう?


「それもそうだな。この籠った臭いも、嫌いでは無いが。お前の言う通り、書物に感情移入すべきだ。」


「おかしい言い回しをするなあ。」


確かに、物語に感情移入するように、大事なことだよね。



――――――――――――――――――――――



「何から何まで、ありがとうね…」


「ふん、年寄りに鞭打つのは、些か心が痛むからな。」

どれだけ時間がたったのか分からないけど、たぶんもう夕飯刻が近いのだ。


館内が余りにも暗くなり、到頭手元の判読に支障が出て来たので、燭台に明かりを灯させて貰った。


いろいろ動いて貰って申し訳なかったけれど、Skaは相変わらず俺の膝元から離れようとしなかったので、全部Fenrirがやってくれている。


狼たちの食事についても、雨宿りを始めた時に、用意してやる必要は無いと釘を刺されている。

彼らはもともと、狩りと狩りの間に期間が長く開くせいで、長時間食べなくても済むように、普段から食べられるときに鱈腹詰め込んでいる。一日喰わないぐらいで、窶れたりなんかしないから、と。

それでも、部屋に籠りきりの彼らに何か恩返しをしてあげたくて、

代わりにSkaの毛皮を撫でては、本当に胸が詰まる。


「それじゃあ、休憩はお終い。準備は良いかい?」


気が付けば、雰囲気もだいぶ和やかになってきた。

この試練は、団体戦。十分太刀打ちできるだけの活気が湧いてきたような気がする。




「…あと2問だって。ご親切に書いてくれてるよ。」


「配慮に感謝しようではないか。神様はしっかりと、我々の心身状態から絶えず目を離さずにいてくれているのだな。」


「あはは、そういうことかもね…」


暗に、俺の視界を通して監視していることを皮肉っている。

それにしても、まさか二重に監視網を敷いていただなんて。

この書物が囮のようなものだとは、自分一人では絶対に気が付かなかった。


「えー…」


咳払いなんぞをして、主神の代弁を気取る。

実際、自分の身体の一部が彼に共有されているのであれば、ある種、彼の意志が自分の中に宿っていると考えるのも、そんなにおかしいことでは無いだろうと思った。


「私は方々を旅し、色々と試み、そして神々を色々と試してきた。」


しかし、当然と言うべきか。


「……。」


俺はとっくの昔に、その地位から堕していたんだ。




「…どうした?Teus。」




「…これは…」




俺は顔を上げ、Fenrirに助けを求めるような視線を送る。



これは、駄目だ。

この問題は、答えてはならない。


こんなの、知恵を測る為の対話じゃない。



「駄目だ…」



「駄目?」



突如として激しい動揺を見せた俺に、Fenrirも只ならぬ状況を察知する。



「お、終わりだ、こんな試験…」



「しかしTeusよ。途中で終えることが出来ないと言ったのは、他でもないお前だぞ?」


「でも…!」


「俺が決して、答えられぬ問題であるからか?」


俺が答えられぬことは、そんなにお前たちにとって許されぬことなのか?

そんなことは決してあるまい?


「そんなんじゃない!でもこれは…!」


「Teus…」




「どうしたのだ。」



「…怪物でも見たかのように、怯えているぞ?」




「う……。」




「とりあえず、問題文だけでも、読み上げてみては如何だろうか。」


「それさえも、憚られるほど、恐ろしいのなら。」


「その本を、此方に向けて貰えないだろうか。」




「……。」




「どうか、俺を信じてくれ。」



この文章を、改竄できたなら、どれだけ良かっただろう。



「…分かった。」



「信じるよ…Fenrir…」



けれど、もう逃げられない。

遂に、この物語は、牙を剥き始める。













「世界が滅びる時、


それは誰によって、何が原因である為か?


神々が滅びるとき、


その時は、我らが主神でさえも、いずれ命尽きるだろう。


彼に最期を齎す者は、誰だと考えるか?」





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