表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
497/728

211. ヴァフズルーズニルの歌 10

211. Vafthruthnir’s Sayings 10 


この対話は、予言を変え得る。

もしかしたら、FenrirとOdinの間で繰り広げられている知恵比べ。

二人の間に立つ俺が、趨勢を測る絶対中立の天秤であるのだとしたら。


…この勝敗、ひっくり返るかも。


俺は、どちら側にも付かない。

そのように宣誓した身である以上、Fenrirに肩入れすることは許されていない。

そう考えていたが。

どうやら当てはまるのは、俺の身体の半身だけであったらしい。


半身は、神の従僕で。

もう半身は…何だろうな。

何でも良いや、狼のお友達とかで良いか。


「君の主張の多くを書き洩らした気がするけれど…できるだけ頑張って書いて見るよ。」


「うむ、そうしてくれ。」


「まだ、間に合うよね?」


「ああ…そうだな。」


顔を上げて、片目を交互に瞑って、自分の視界の範囲を慎重に確認する。

適当にフードを被るふりをして、布地を右側に寄せてあった。

大丈夫、右手にある狼たちのメッセージボードは、右眼の視界の範囲外だ。

俺の中のカラスは、目の前の大狼だけを見つめていれば良い。


“Well Done”

うまくやったようだな!


その言葉に、思わず頬が緩んでしまった理由も、Odinには分かるまい。




――――――――――――――――――――――




長い年月をかけて見つめて来た月の満ち欠けに基づく試算によれば、皆既日食にはある種の周期性が見られるはずだ、というのが彼の主張だった。


俺の頭の中には、月と太陽の軌道が全くもって浮かんできていないが、それは次のようなものらしい。


一つは月が自らの姿を完全に覆い隠してから、また次の月が姿を晦ますまでの時間。

Fenrirが毎日のように、Siriusに向って遠吠えを続ける中で手に入れた観測結果によれば、

それは29日と12時間と40分だ。


二つ目が、月が白道面と黄道面の交点を通ってから、再び交点を通過するまでにかかる時間。

白道とは、すなわち青白い月が地球の周囲を交点する軌道面、

黄道とは、地球の交点軌道面のことだ。

それらは若干の角度を持っている為、月はアースガルズを1週する間に、黄道を2度横断する。

その間の期間を指す。

それが文献に基づけば、27日と、5時間。


三つ目が、月が最も大きく見える瞬間。

月が最も地上に顔を近づけて、また舞い降りるまでの周期。

27時間と、13時間と、12分。


最後が、黄道と白道の交点を太陽が出発して、1週するのに要する時間。

346日と、14時間と、52分となるそうだ。


それらを順に、1遡望月、1交点月、近点月、1食年と呼ぼう。

最小公倍数を求めることは簡単だ。


223朔望月=6585.2日

242交点月=6584.8日

239近点月=6584.5日

19食年=6585.8日


その値は、18年11日8時間にほぼ等しい。



このスパンで天体を観測すれば、

日食や月食の状況も、繰り返される事象と看做せて、非常に似たものとなるはずだ。



「もし、この18年余りの間に、日食のような天体現象が観測されていなたならば…」


「似通った天体の位置関係が、その18年後にもう一度訪れるってこと!?」


「……。」


Fenrirは、この論証における最高潮とでも言うべき帰結を横取りされてしまったせいで、大層不愉快そうな顔で俺のことを睨んだ。


「鋭いな。年を重ねて…お前も到頭、知恵をつけたということか?」


良い所だったのに、口を挟むなど、無粋な真似をしやがって。

そんな嫌味事が本棚を介して並べ立てられるかと思いきや、直接文句を垂れて来た。


「言うようになったね…」


自分だって、2方向から別軸の会話をされたりしなきゃ、これくらいどうってこと無い。

そう言い返してやりたいところだが、既の所で負け惜しみを飲み込む。


しかし、Fenrirが言葉を砕いて解説を加えてくれたお陰で、何とかついて来られたのが実情なのだろう。

これはFenrirの神様としての力による予言では無いのだろうが。

段々と彼らの前に大狼の資質が明らかにされ、生きた心地がしていないのは、俺だけでは無い筈だ。



「だが、一つ注意せねばならないことがある。」


「え…まだ何か…?」




「1周期は、18年と11日、そして8時間と言った。我々はこの中途半端な、8時間を考慮せねばならない。」


こいつのせいで、ある土地に現れた日食が、1周期後には、ほぼ120度西にずれた地域に訪れる。

余りにも遠い土地での怪奇現象を言い当てたのでは、予言をしたことにはならないな。


「あ、そうか…じゃあ、どうすれば…」



「結論、答えは俺にも、分からない。」


わ、分からない…?


「ああ、残念ながら、これ以上、正確な予測に役立つ情報は持ち合わせていない。」


これが、俺の精いっぱいの知恵。

結局、未来を垣間見ることのできる神様には、決して近づくことは出来ぬという訳さ。




「ならば、今持ち合わせている知識でできる精一杯の予見を遺してやるに留めるのが正解だ。」




「ずばり、最後にアースガルズで観測された皆既日食の、その54年と34日後。」




「神様として、この世に君臨し続けて来たお前達なら、その記憶に残っているだろう。」



「…だが、それは俺の知る由の無いことだ。」


Fenrirは僅かに顔を傾け、俺の右眼に向って微笑んだ。


「…18と11を、超えたばかりなのでね。」







如何かな?


俺はお前が、この問いの答えを知っていようがいまいが、どうでも良い。

しかし、知りたいぞ。


あいつは、この答えを、どう捉えるのか。



「その、運命の日まで、あと何年と何日だろうな?」



「…それまで、楽しみに待っていると良い。」



さあ、第14問目に対する俺の解答は以上だ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ