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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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211. ヴァフズルーズニルの歌 9

211. Vafthruthnir’s Sayings 9 


“And now, they are not able to watch inside this library through their eyes.”

今や、彼らの眼を通して、図書館の中を覗くことは叶わなくなった。


“But this must be expected for them.”

しかしそれとて、想定内であろう。


“They have one more eye to watch us.”

彼らは、もう一つの監視の目を、有しているのだからな。


“One eye still remains.”

そう…まだ一つ、残っている。




まだ彼らは、俺達を監視するための瞳を、この建物の内に潜ませている。


穴のあくほど、最後の一文を見つめた。

One eye.

間違いなく、One eyeだ。

Eyesではない。


片目、なのだ。


一瞬、眼球がぶるぶるっと瞼の裏で震えた様な気がした。

自分の意志に反する何かの蠢きでは、そう考えるのは、幾ら何でもFenrirの言葉を真に受け過ぎだ。

最近、睡眠が浅くてうまく眠れない日が続いていたから、きっとそのせいだ。


しかし、そのような自覚が無かったと言えば、それは嘘になるのだ。


俺は狼に喰わされる ’捨て駒’ であるという自覚が。


「どういうことだFenrirっ…!?」


堪えきれなくなってしまって、俺は素顔が晒されるのも構わず、フードの鍔を捲り上げて立ち上がった。


“……!?”



「あっ…と…ごめん…」


…と思ったが、まったりと膝元で寛いでいたSkaのことをすっかり失念していた。

ずっしりとした重みに抑えつけられ、そのまま腰を落とす。


「……。」


両目で見渡した図書館の景色は、本来あるべき姿以上によそよそしかった。

大声を上げて寂静を破ったものに差し向けられる冷ややかな視線の代わりに、狼達が驚いた様子で耳傍を立てている。


「……な、何だよ…?」


俺の視界の及ばない舞台裏で、何をしていた?

次に俺とFenrirの間に齎される悲劇を準備していたんだろう。違うか?

今度は何だ、何を企んでいるんだ?

得体の知れぬ存在への被害妄想が、頭を擡げる。


「どうか落ち着いてくれ、Teus。」


「言いたいことは分かる…訝しむのも無理はなかろう。」


「落ち着けってどういうことだよ!?こんなの意味が分からない!」


「席について、呼吸を整えるんだ。」


「Fenrirっ…」


「Teusっ!!」




怒鳴り声では無い。

鋭くぴしゃりと放たれた一吠えに、俺は呆気なく射すくめられてしまった。



「雨の音は、お前に囁きかけて来る者の声を掻き消してくれる。」



「落ち着いて…俺に代わって、言葉をその本に綴ってくれないか。」


「……。」


「ごめん、取り乱したりなんかして…」


「何を言うか。俺を怖がらなかったのは、お前だけだ。」


「はは…」


何を笑っているんだ、俺。

本当に、自分の声じゃないみたいだと思ったから。

せめて表情を見られぬよう、フードを深々と被り直したんだ。





静けさが再び雨音を引き立て始めると、Fenrirは口を開く。


「…済まないな。驚かせるつもりは無かったのだ。」


同時に狼たちは、俺へと語り掛ける。


その二重奏、頭がおかしくなってしまいそうだ。


“Forgive me, I had no intention of doubting.”

お前を疑っているのではない。


“Teus, you surely have another incarnation, right?”

だがお前は確かに、もう一つの現し身を有している。そうだな?


“… incarnation of a raven.”

カラスの現し身を。



「……。」



「ごめん。」



言いたいことが山ほどある。

俺にも、彼の様に、もう一つの言語が必要だ。



その現し身をFenrirに見せたのは、晩秋の萎れの便りと共にだったろうか。

浴びるように飲んだラム酒が齎した、深い眠りから目が醒めて。

頭が割れるように痛かったけれど、でも自分がしたことは、全部覚えていたから。

どうしても行かなくちゃならなかった。


でも、君に合わせる顔なんて無かったから。ちょうど、今みたいに。

そんな姿に身を窶して、正体を現す時を窺っていた。

あの一度きりだ。



カラスは、主神の遣いの象徴だ。


「そうか……」


そして俺には、その自覚がある。

少なくとも、その姿を身に纏うときは、疚しいことをしているという後ろめたさがあった。




「……。」


しわがれた左手で両目を覆い、天井を仰ぐ。


盗聴というよりは、盗視(視界ジャック)と言った方が正しいのだろう。

俺の眼に映る世界は全て、主神が見たものとして送り届けられている。

その自覚が無いと言うだけで。

俺は初めから、神様の遣いとして、この使命を与えられているだけなのだ。

その自覚は、一応はあったのだけれどな。


Fenrirは、どうやってそのことを見抜いたのだろう。

まさか、あの一度だけの邂逅で?


口では許し合ったように交わしながらも、心の奥底では、

俺のことも、所詮は主神が寄越した手先でしかないのだなと、がっかりしていたのかな?

薄っぺらくて、底の浅い情が透けて見えていたんだ。




そう思うと、情けなくて仕方が無かった。

君に、信じて貰えるように、身を差し出してきたと信じていたから、尚更。


Fenrirにだけは。




左目だけから、涙が零れて頬を伝う。


「……。」


この眼だけ。

そうか、この眼は、役目を終えていたんだ。



俺の左半身に道連れにされた、この左眼に映るものは。

もう、Odinの閉じられた片目に映らない。


思わず、微笑んでしまった。

解放された、神様で無くなった、そう実感できることを数えるのは、痛快な年の取り方だと気付かされたから。


素直に嬉しかった。




しかし、喜んでばかりもいられないのも事実だ。


俺の生身の身体は、未だその血筋に縛られたまま。

産まれながらにして、崇めひれ伏した父の視神経に、繋がれていて。

まだ、これでもまだ、断ち切れていない。


その画質も、ゆっくり、ゆっくりと劣化していくことだろう。

既に白黒の世界しか送り届けられていないことにも、大層お怒りであるに違いない。

だから援軍を寄越したのだと考えれば、幾らか納得も行く。


「…良いだろう。」


だとすれば。

俺だけが、Fenrirの姿を伝えられる老い鴉であるとするならば。






長い溜息を吐き、俺はゆっくりと顔面を覆い尽くしていた手の平を剥がす。




「待たせたね、Fenrir。」




「…続けてくれ。我らが主は、君の解答をお待ちだ。」




この対話は、予言を変え得る。




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