211. ヴァフズルーズニルの歌 4
211. Vafthruthnir’s Sayings 4
「それじゃあ、次の問題だ…。」
「もし君の知恵が役に立ち、知っているなら、まず答えてくれ。」
「さっきから、何なのだ。その冒頭の文言は。」
「知らないよ…だって、そう書いてあるんだもの。」
「そうだろうな。お前の口からは、まず出てこない言い回しだ。」
「うん…喋ってても読みづらいし、噛みそう。」
「ふん、まあ良い…続けろ。」
何のことは無い。先ほどまで噛みつきそうな勢いで食って掛かっていた彼も、
一度、パズルゲームの設問に入ると、忽ち謎解きに没頭してしまった。
宙に静止して、時折思考に合わせてゆっくりと揺れる尻尾が、
彼の機嫌と、集中の度合いを如実に表している。
「じゃあ、行くよ…配置はこうだ…黒のキングがdの4で、クイーンがbの8…」
「ウルフが、cの7…」
「ふむ…」
「白が、キングd2、クイーンg3…ウルフがa4。」
「白が先手番で、詰めまで持って行ってくれ。」
出題されているのは、チェスの問題だ。
今並べ立てたアルファベットと数字は、盤上にある駒とそのポジション。
だが、普通のチェスとは違って、少々変則的なルールを提示されている。
名前がWで始まる駒は、普通のチェスには存在しない。
幾つか、オリジナルの役割を与えられた駒が、盤面に投下されているのだ。
そのうちの一つが、Wolf。
ナイトとルーク、両方の動きが出来るとされている。
もしFenrirがこの類のゲームに知悉していたとしても、少し勝手が変わるだけで、途端にやりづらくなるだろうとの狙いだろうが…。
どうやら、杞憂だったらしい。
俺が盤面を伝え終えるが早いか、彼は即座に口走る。
「Wb6 Qe8, Wd7 Kc4, Qxc7+ Kb4, Qc5+ Kb3, Qc3+ Ka4, Qd4+ Ka3, Wc5 Qb8, Qa1+ Kb4…」
「…で、Wa6で勝ち、か?」
「えっ…待って…ごめんもう1回。」
彼は宙を睨んだまま、ぶつぶつと駒の動きが正しかったかを確かめているようだったが、
そんなことを言われてしまったので、瞳を大きく見開いて耳を立ててしまった。
「もう忘れたぞ…喋った手を幾らでも覚えていられる訳じゃない。」
「ごめん、書く準備が出来てなくて…」
「じゃあ、もう一度盤面を教えろ。考え直すから…」
「申し訳ない...」
「同じ答えが得られている保証はないぞ。」
この設問群に入ってから、何度も直接書いてやろうかと提案されている。
一応俺が代筆するきまりだからと断り続けていたが、そろそろ限界かもしれない。
というか、これじゃあ、俺はFenrirが有利になるよう手引きすることなんて、出来る訳が無い。
「それにしても凄いね。小さい頃に、チェスで遊んだことあるんだ?」
「うむ、俺に部屋に置いてあったと記憶している。」
ルールは、本に書いてあったものを拾い読んだから、不完全であったんだろう。
俺が遊んでいた奴には、狼の駒なんて無かったしな。
が、一応は正しく遊んでいた。
「しかし、まあ当然だが、対戦相手はいなかったのだ。」
自然と、自分自身が相手役も務めて、交代で駒を動かすことになる。
「たった今、与えられた課題と同じことをしていたんだ。」
尤も、頭の中だけで完結させるのは、少々難儀だ。
昼寝の最中に続きを考えることが無かった訳ではないが。
知恵を測るのには確かにちょうど良いということか。
もしお前がもう一度アースガルズに赴くことがあれば、或いは見返りとして貰える物資の中の一つに、今やっているゲームができる実物を寄越して欲しいものだな。
「えっと、そう…だね。俺じゃあ、相手できないと思うけど。」
Fenrirが、こんな才能まで有しているとは思わなかった。
探り当てるきっかけは、そこら中に転がっているのだと思うと、Fenrirをこの舞台に引きずり出したのも、ある意味彼にとって良い機会なのかも知れないな。
そう思いながら、俺は次のページを捲る。
「それで、今のは正解なのか、どうなのだ?」
「え…わからないよ、そんなこと。」
「お前が、答えを知っていないことは百も承知だ。」
俺が双方に対して媒介者としてしか振舞おうとしないことに、初めは憤りこそ感じていたFenrirだったが、今は少し小馬鹿にしたような態度で、この不自然な対話をからかう。
「そこに答えが浮き上がって来るのでは無いのか?」
「うーん、初めは俺もそう思ったんだけど、リアルタイムな会話ができる訳では無さそうだよ。」
「なんだ。意外と不便というか…」
もう、巻末が見えてきている。
一冊の内の、左側のページに、Odinの筆跡と思しき問題が記されていて。
それに対応して、答えを次のページに書き込んでいくという仕組みだ。
それで、多分この本を送り届けて、完了になるんだと思っている。
一方的な問いかけをするのは、正直俺もあの方らしくないとは感じるけれど。
「’臆病'、なんだな。」
「……。」
「あいつらが、此方へやって来る度胸は無いと。」
…そうだね、そう思いたい。
此処までやって来て、俺達の間を引き裂こうとする輩は、Lokiで最後にして欲しいよ。
「…じゃあ、チェスの問題はこれで終わり。」
「なんだ、やっと面白いのが来たと思ったのに。もう終わるのか。」
始まる前は、あんなに嫌がっていたのに…。
好物の前では、目の色も変わるってことかな。
「ええと、次は…」
「私は方々を旅して、色々と試み…そして神々を色々と試してきた。」
そして遂にその問題は来た。
「狩りに長けた君に、質問だ。」
その問題は、14番目。
「太陽を捕まえてみてよ、そう言われたら、Fenrirならどうする?」