211. ヴァフズルーズニルの歌
今日8/13は、国際オオカミの日です。
少しでも世界中の狼とFenrir達に思いを馳せて下されば幸いでございます。
211. Vafthruthnir’s Sayings
「…それじゃあ、行ってくるね。」
Freyaの頬を同じ肌の色をした左手で優しく撫でると、俺は彼女を起こさぬよう小声で呟いた。
外の空気を吸いたくなったら、いつでも言うんだよ?
近くの狼が聞きつけて、直ぐにskaまで知らせてくれると思うから。
でも今日は、生憎の雨模様みたいだね。
それでもなぜかさ、皆かえって外に出たがるんだ。
暑いからかな?行水の一つでもしないと辛い季節なのは、fenrirだけに限らないことだ。
無理もないよね、だいぶ舌を垂らして喘ぐ狼たちが増えた。ヴァン川の水に腹から浸からせてあげたいよ。
でも時々、何か別の理由があるように思えることがあるんだよね。
冬を待ち望んでいた彼らが、堪らず雪を毛皮に浴びせたくなるような衝動を、その日の雨空は運んでいるのかも知れないなんて思うんだ…。
「いけない、もう呼んでる…」
こんなことすぐに終わらせて、君の傍に戻るから。
だからそれまで、ゆっくり雨音を聞いて、休んでいて。
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“ウッフ…ウッフ…”
「おはよう、Ska。」
そうは言っておきながら、時間はもう昼前だ。
入り口を開くと、彼は玄関の前で礼儀正しくお座りをして待ってくれていた。
尻尾は床を擦るように、控えめに振られている。
昨晩は、彼とどんな話をしていたんだい?
何か、お願いされているみただったけれど、あんまり無理をするんじゃないよ。
君たちを危険に冒させるような真似だけは、俺も黙っているつもりは無いから。
「待たせちゃってごめんね。…もう来ているのかい?」
“フシュッ…”
「良かった。あいつ寝坊してないか、心配だったから。」
彼女の前では、そんな風に平和な台詞を務めて吐こうとしている自分が居た堪れない。
けど今は、別にそれで良いんだ。
俺は急いで外套を羽織って、フードを目深に被せると、遮られた視界から覗く彼だけに向けて微笑む。
それで、いつもより若干関節が軋む気がする左手の様子を確かめながら、彼女の家を後にしたのだった。
湿気のせいだろうか、なんて無根拠なことを考えながら。
「お、おはよーみんな…」
一応は、群の長として彼らに受け入れられた身だ。
今日も、沢山の狼たちが、控えめに尻尾を振りながら、挨拶を交わしにやって来る。
皆、狼同士でそうするのと同じように、毛皮を自分と擦り付けるようにすれ違いたがるので、俺は毎回どちらかの手を差し出して撫でてあげなくてはならなかった。
夏は、痩せて突き出た背中の尾山が目立つ。
時間が許せば、彼らと同じ目線までしゃがんで、気が済むまで全身を撫でまわしてあげたいのだけれど。
そうすると、俺を独占して両手を満喫する一匹に、他が唸り声を上げて、どけよと脅す始末だ。
最近は俺に、もう2本くらい手が生えていたら良いなと考えるようになってきている。
アースガルズの仕立屋に頼んだら、この程度の戯言、やってのけてはくれ無いだろうか。
いつも、お偉いさんから、もっと無理難題を吹っ掛けられていると聞いているし。
「おはよう、Fenrir」
でも、マントの下にそんな異形を隠し持つぐらいなら、
この大狼に彼らの相手をして貰った方が、手っ取り早くて健全だ。
「うむ……おはよう。」
一目見て、仲直りというか、昨日のお詫びが出来ていると分かって安心した。
Fenrirは…何と言えば良いのだろうか、天然の寝床と化していたのだ。
「待っていたぞ、Teus。」
小さい仔狼にとって、最高のベッドとは何だろう。
それは、親狼や、既に大人の体格を得た兄弟狼の体温に触れて眠ることだ。
横になって丸くなった隙間でも良いし、首元の毛皮に顔を埋めて、いつでも舌で舐めて貰える位置を陣取っても良い。母狼なら、乳を吸える場所になるだろう。
けれど、なんなら、胴体に乗っかっても良いのだ。
ふっかふかの毛皮のベッドにしがみ付き、呼吸に合わせて膨らんでは萎む。
その上で見る夢が、俺がFenrirに連れて行って貰った様々な世界での冒険に匹敵するものになるのは間違いない。
知らぬ間にひっついた仔狼の存在に気が付いてしまったベッドの方は、その仔が夢から醒めるまで、絶対に動いてはならない。
何が在ろうと、夢の中で、空中落下の恐怖体験を味合わせてはならないのだから。
彼は今、そんな数か月の間だけ与えられた特権を、全ての大人狼に対して叶えてあげているらしかった。
ぱっと目に映るだけで、十数匹。至る所で同じ毛皮を持った狼が、思い思いの体勢で眠っている。
よく目を凝らさないと、瘤が突き出ているように映るので、彼は一夜にして奇病を患い変わり果てた姿と化してしまったのだった。
異形、という言葉が自分の頭の中に思い浮かんだのは、面白くなかったな。
Garmがもし、こんな風貌していたのだったら、或いは俺達の結末は、また違ったものになっていたのかも知れない。
“ほら…皆もう、降りてくれ。昼食の時間だ。”
Fenrirは頭を擡げて胴体にひっついている狼たちの数を見て、ぎょっとした素振りを見せる。
おまけに、彼と毛皮を共有しようと、そこら中で隣接して眠るので、碌に寝返りも打てない。
“……Teus様が、お昼つくってくれるまで、もうちょっと…”
「…だそうだ。早くしてくれ。」
「直に、豪雨がやってくるぞ…」