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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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209. 惨めな食事 2

209. Withered Banquet 2


寝苦しい夏の夜だった。

この図書館は、洞穴と同じぐらいにひんやりとした寝床を俺に提供してくれていたのだが、

それでも身体に籠った熱を吐き出せず、到頭夜半に目を醒ました。


…全く、必要に迫られてとは言え、日中に全速力で走るものではない。


まだ兄弟喧嘩の傷を引き摺っている身には、存外応えたのだろうか。


“なんだ…これ…”


尋常ではないぐらいに、身体が火照っている。目が醒めたのは、突発的な熱感のせいだと分かった。

心臓から直路で血流を流し込まれたように、爪先が痒くて、

ぐわっっと、全身に火が通ったように筋肉が縮む。


パニックにならないのは、まだ寝起きで、あまり事の重大さを理解できていないからだろうが。

それでも、もう一度目を瞑って眠りに落ちようとするには、時間がかかりそうだった。


“くそ……”


これなら、まだ悪夢に苛まれた方がまだましだ。

突如俺を襲ったホットフラッシュに虚栄の悪態を吐き、俺はのろのろと立ち上がった。


水が飲みたい。ヴァン川まで、ゆっくり散歩でもして、血が登った頭を冷やそう。


天窓からは月明りも覗かないが、館内は並んだ背表紙の凹凸が見える程度には明るかった。


懐かしい景色、とまでは言わないのだが。俺は子供の頃に見せられた悪夢から目を醒ましても、同じ視界に包まれていたのだろうか。


それで、何処かへ向かって行ったっけ。

お屋敷を彷徨うのでも、寝ぼけ眼が冴えるまでの散歩ぐらいにはなる。


夜明けまでも、そう遠くは無いのだろう。

この時間に起きてしまうと、もう一度床に就いても、たっぷり二度寝が出来ないのが嫌だった。

目を醒ますのなら、もっと早くにして欲しかったな。




――――――――――――――――――――――




「……。」


夜風が毛皮に纏わりついては、未だ熱を持った記憶を奪い、流れていく。

心地よいとは決して言えないが、それでも日差しの熱が混ざっていないだけましだ。




昨日のことを、思い出していた。




思い返すだけで、沸々とあいつらに対する怒りが込み上げて来る。

…かと思ったのだが、存外にそうでもない。


決して溜飲が下がった訳では無いのだが、今はそれよりも、

俺はあの時何を見落としていて、どうするのが正解だったのか、

そして、Siriusの覚醒に感じた、あの違和感は何だったのか、


そればかりを考えていた。



神々が、この大狼に対して確かめたかったこと。

それは、転送に対する嗅覚の欠如であると俺は考える。


群れが危険に脅かされる前兆に、思いのほか鈍感なのでは無いか。

彼らはその仮定を実証する為に、Siriusを利用したのだ。


そして、どうやらこの狼は本当に間抜けらしい。

そう判断した神様が、俺達に対して次に与える試練とは何だ?

次は、誰が、標的になる。

真の目的は、どうやって達せられる。





分からない。


…けれど、それは相手とて同じこと。


恐らくは、パズルのピースが、あと一つ欠けていて。

それを埋めたいと奴らは考えている。


その為の最後の俺への働きかけが、


隠れん坊の始まる前に言っていた、一対一での試験だと言うことになる。


本来であれば、昨日の午後に執り行われるはずだったが、激昂した俺が中止だと言い放って反故にした。

とても冷静に応じられる状況では無かったのだ。

反故と言っても、どう考えたって群れ仲間たちを危険に晒すような真似をしたあいつらに非がある。



彼らは、怒らせてしまった俺を宥め(すか)し、もう一度この試験を受けて欲しいと、下手に出て来るはずだ。




こいつを、軍使に遣って。




「……。」


焚火の爆ぜる音は、外に出た時から耳に届いていた。

燻した臭いも運ばれてきていたが、それが屋内からの微かなそれなのかは、判別がつかなかったのだ。


しかし、彼もまた、夏の怪異に()てられた一人であったらしい。




珍しいな、Skaを傍らに従えないとは。

老人というのは、こうも早起きに励みたがるものなのか?

いつもならそんな戯言から口火を切るが。


昨日の諍いが邪魔して、俺は黙って彼の背後に立ち竦んで篝火を眺めた。

そんなことをするぐらいなら、気づかないふりをして、遠回りに避ければ良かったのに。




「Fenrirも、眠れなかったの…?」


「あ、ああ……」


同席者が横に並んでくれるようにとの気遣いで、Teusは徐にフードを被りなおす。

誰もいなかったからか、彼のしわがれた頬は焚火に照らされ、火傷の痕のような黒艶を揺らめかせていたのだ。


「俺も。そんな気がしてた。」




――――――――――――――――――――――




洞穴でなくたって、俺達二人は、こうして言い洩らした言葉を紡ぎ合うような会話が似合っているのかも知れない。

火種が消え入るよりも、か細い声で。天上に響かないだけだ。





Siriusが連れ去られたことを彼に話すかどうかは、かなり迷った。

今回の件に関しては、Teusのことを、信用し切れていなかったからだ。


俺に対して、何かまだ、隠していることがある。

神々から口外せぬようにと伝えられている使命を帯びている。


そう直接言うつもりは無いが、腹の内では半ば決めつけていたから。

Teusの反応は意外なものだった。


「そうか…昨日は、そんなことが…」


てっきり、適当にはぐらかされ、窘められると思い込んでいた。

そうでなくとも、神様の肩を持つような一言でも聞かせてくれると期待していたのだ。


「あいつら、ふざけた真似を…」


「信じてくれるとは、思わなかったな。」


「君の言うことだ、信じるよ。それは当たり前だ。」


そこまで、はっきりと言い切ってくれるとは。




「…でもそういう所は、きちんと切り替えができる奴だと思っていた。」


「…?」




「Sirius、あれからげんなりしちゃって、結局食べなかったよ。」


「あ、ああ……」


彼の尻尾と耳がだらりと垂れ、今にも泣き出しそうな表情で俯く姿を想像してしまって胸が潰れた。

あの時は、怒りに殆ど我を忘れ、一緒に舌鼓を打つのを楽しみにしてくれていたなんて、頭の片隅にすら浮かんで来ていなかった。


「君がどうしたあんなに怒っていたのか、理由は聞けて良かった。」


ちゃんとその時に理解してあげられてなくてごめん。

でもあれじゃあ、雰囲気ぶち壊しだ。もう少し彼らのことも考えてやって欲しい。


「…す、済まない……」


君がSiriusたちのことを大切に思っているのは、分かっている。

誤解しないで欲しい、彼らを危険な目に遭わせたく無いのは、俺もそうだけれど。

でもそれ以上に彼らを、俺たちのいざこざに巻き込みたくないんだ。


Skaたちに協力をお願いしたのは、君が群れの中に溶け込みやすくなるきっかけになればっていう思いもあるってこと、忘れないで欲しい。


お願いだ、あいつらのせいで、不穏な事件が今後起きることがあっても、

出来る限り彼らの前では、明るく振舞ってやってくれないかな?


「……。」


「……わかった。」


夜が明けたら、ちゃんと謝りに行く。


いつまでも一匹で過ごしていた頃の様に我が儘ではならないのだ。


埋め合わせのようなものが出来るか分からないが、

昨日のことは、無かったこととして、接するようにしよう。







「Teus…一つ、提案があるのだ。」





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