208. 神隠し
208. Spiritted Away
「お帰りー!」
ヴェズーヴァへの帰還を果たすと、きっかり正午を回ったところだった。
例の枯れた噴水のある広場には、狼たちをせわしなく彷徨かせるのに十分な肉料理の臭いが充満している。
Freyaも外に出て来たらしい。彼女がレシピを教えてくれていたのなら、味に間違いは無いだろう。
仲睦まじく料理に勤しむ姿は、まさに彼がこの土地で願っていた夢物語の一つであると言って良いだろうか。
「流石、宣言通りと言った所かな?」
「まあな…」
予定よりもだいぶ時間がかかってしまったが、自らを過小評価しようと長めに申告していたお陰で、恥をかかずに済んだようだ。
“ほーら、皆もう降りる時間だぞ…。”
ああ、やっと積荷から解放される。
隠れん坊に協力してくれた皆を背中に乗せた帰り道も、誰かがぽろっと落馬ならぬ落狼してしまいそうで、気が気でなかった。
殆ど小走りぐらいのスピードしか出せていなかったと思う。お陰で更に時間を喰ってしまった。
どいつもこいつも未知の乗り物と、そこから見渡せる初めての景色に夢中で、碌に毛皮の上にへばりつくことをまるでしない。
会話に没頭して、そのくせ俺が進んでいる先には目もくれないのだ。
怖いもの知らずは大変けっこうだが、俺が少しでも段差を超えたりするのに体勢を崩す余裕を許して欲しかったな。
“わーっ…!!”
鼻先が地面に触れるぐらいまで首を垂れ、滑り台を作ってやると、彼らは喜び勇んで両耳の間を飛び出して家族の元へと戻って行った。
良かった、最後の一匹が、まだ俺の背中に居座るとか我が儘を言い出したら、どうしようかと怯えていた所だ。
「はーっ…背中がバキバキだ…」
解放された全身の毛皮をぶるぶるっと震わせると、溜息交じりに文句を垂れることを忘れない。
変に力が入っていたせいか、やはり俺は誰かを乗せて走ることには慣れていない。
そもそも、背中のスペースはそういう為にあると勘違いして貰っては困るのだ。
「まあまあそう言わずに…」
Teusは苦笑いをしつつも、誰よりも俺の背中に乗って来た張本人であることを否定はしない。
「助かるよ。最高の乗り心地をいつもありがとう。」
とにかく、今日はお疲れ様。
もう少しの辛抱だ。あとちょっとで測定も終わりそうだから、ね?
ご飯食べて、ゆっくりお昼寝したら、最後の項目に挑むとしよう。
それでアース神族からの要求する試験は終わりだ。
「まだあるのか…もう、他の狼たちを巻き込むような奴じゃないと良いのだが。」
「それは安心してくれて良い。最後は俺と、君の一対一で行う。」
「ふうん…」
何をさせられるのだろうな。
対話形式となると、差し詰め、知能検査のようなものだろうか。
そうなれば、調子を狂わされることなく、己を偽ることに徹せられそうだ。
まあ、正直もうどうでも良い。
喩え愚か者であることを見透かされるだけだとしても、
それはそれで彼らが興味を失ってくれることを意味するのだから、願ったりかなったりなのだ。
これで良い。
上手くやり通せる。
「それで、ちゃんと俺が腹いっぱいになるだけ、用意してあるのだろうな…?」
そう思っていた。
「あれ……おかしいな…?」
「ん……どうした?」
俺はその言葉を聞き終える前に、既に全速力で対岸に向って走り始めていたのだった。
「…5匹、だけ?」