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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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207. ヤルンヴィドの猟神 5

207. Járnvid’s Huntmaster 5


“あれれ、もう見つかっちゃいましたか…”


最初の一匹は、隠れていたと言うには少々開けた林冠のギャップを遊び場としていた。

後ろ足立ちになり、何やら樹皮の臭いをクンクンと嗅いでいた若狼は、此方を一瞥すると尻尾の力を抜いて項垂れる。


“残念です。結構、自信あったんですがねえ。”


“そう言うな。これでも、けっこう苦戦させられたのだ。”


甘い香りに引き寄せられた虫のように、何を夢中になって臭いを嗅いでいたのだ。

樹液なんて、そんなに美味しいものじゃないと思うぞ。


“違いますよ、僕じゃないです。ほら見て!”


“うん…?”


こんなことをしている場合では無いのだが、別に急ぎたい気持ちも無かったので、

子供の見て見てに付き合う父親のような気分で、言われるままに、彼の視線まで首を降ろす。


“…これは珍しいな。樹液を好む蝶がいたとは。”


存外に目を見張って、思わず感嘆の声が漏れた。

見た目の色が、地味な茶色に白斑だったので、全く気が付かなかった。

道端にこんなのがいたら、確かに気になって覗き込みたくもなるだろう。

こいつは恐らく雄だな。雌であれば、異性を引き付ける為に鮮やかな色合いをしている場合が多い。

そのように解説してやろうと思ったが、普通の狼に色彩の有無を伝えるのは難しいと思い出して止めた。


“良く見つけたな。お前はとても良い眼を持っている。”


“えへへ…”


ほっこりした雰囲気に、臨戦態勢が崩れてしまう。

本当に、こんなので、能力測定ができているのだろうかと疑いたくなってしまうほどだ。




だが狩りの模擬を通して、見たいのは俺の聴力と嗅覚だけと言うのは本当らしい。

彼は俺の接近を予め察知していたであろうにも拘わらず、姿を晦まそうとしない辺り、鬼ごっこまではするつもりは無い様子だった。

まあ、こいつがそこまで意識して俺に見つかるのを待っていたかは疑わしいのだが。

こんな感じで、残りの狼たちも見つけて行けば、あいつらが意図した通りの役を演じられていそうだ。



“それにしても、お前たちも大変だよな。”


俺が悪いとは言え、こんな面倒ごとに付き合わされてしまうだなんて。


“…お前は晴れて見つかってしまった訳だが、これからどうするのだ?”


遠回しに、ちゃんとお家まで帰れそうかと確認を入れつつ、耳をぐるぐると回して、次なる標的に探りを入れる。

残りの4匹の間で、僅かに動きがあった。

この若狼の犠牲を無駄にせず、此処から離れるように移動を済ませている。

これがチーム戦であり、全員が見つかるまでの時間を出来るだけ引き延ばそうとする努力が嗅ぎ取れた。


“え?僕…?”


まあ、どうやっても結局は確保できるのだが。

一応ゲームである以上、つい真面目に戦略を練り直してしまう。

折角、付き合って貰っているのだ。手加減は良くないしな…


“送ってくれるんじゃないんですか?”


“は…?”


そう聞いているのですが。

彼の尻尾は、そう主張してゆっさゆっさと揺れていた。


嘘だろ。

そう悪態を吐きそうになるのを、既の所で飲み込む。


“はぁ……”


代わりに、溜息が漏れてしまった。


確かに良く考えてみれば、こうなることは予見できて然るべきだった。

俺が2、3時間はかかると見積もったのは、決してそういう意味では無かったのだが。

広大な縄張りでのかくれんぼに志願した彼らが、初めからこの褒賞に期待してのことだと思えば、目の前の狼のあどけなさにも合点が行く。


どうしよう。

Teus以外の奴を背中に乗せて、走ったことなんて、無いのだが。

あいつは寧ろ、常に振り落としたい誘惑が付き纏っていたし、ともすれば態と揺さぶることも厭わなかったが。


“……。”


“勿論、そのつもりであったとも。”


“お前が自分の脚で帰りたいかどうか、確かめたかっただけだ。”


高い所は、怖く無いな?結構なスピードで走るつもりだから、その点は覚悟するのだぞ。


“はい。怖くなんか、無いですよ!”


“うむ。それなら…良かった。”



“ほらよ。”


“やったー!”


腹ばいになって背中への階段を差し出すと、彼は喜び勇んで眉間の間をよじ登って行った。


良かった。残りの志願者たちも皆、こんな風に愛想が良いことを願うばかりだ。




誰もが俺の群れ入りを快く思っている訳では無いから。


それは無理も無いことなのだ。

俺が、何の語弊も無く、

彼らにルーン文字の綴りを刻ませ、群れを滅亡させかけた張本人であることは、皆が知っていること。


寧ろ、既得権益によって、俺は迎えられ、そしてかれらを だまし続けているような罪悪感は、今後一生拭い去ることは出来ないのだろう。




――――――――――――――――――――――




そんな調子で、隠れん坊は進んで行った。



一匹ずつ、回収しては、どうしてそこに留まっていたのかと談笑を交わして、背中に乗せる。

彼らの視点から広がる景色とは、まさに俺がこの森に訪れたばかりのそれと同じで。

自分がまだ小さかった頃にこうした会話ができていたら、どれだけ有益だっただろうと考えずにはいられない。

俺はこの森については、Siriusと同じぐらいに知悉している自負があったが、それも幻想であると思い知らされるほど、彼らは新鮮な探針の髭を生やしていたのだ。


中には、それは素晴らしい木漏れ日の降り注ぐ凹みで丸くなり、すうすうと寝ていやがる奴までいた。

どうやらきちんとサボることの大切さを弁えているのは、俺だけでは無かったらしい。

道理で見つけるのが大変だと合点が行くとともに、起こしてやるのが無性に勿体なく感じられて愛おしい。

気付かれないように、鼻先をちょんと押し付けてから、仲間の狼たちが待つ背中に加えてやった。


何だか、本来の目的は何だったか、忘れてしまいそうになる。

まあ元々、やらされている側だったので、そんなに意識もしていなかったのだが。

唯々、俺は群れとの親睦を深める機会を与えられ、それを何だかんだで楽しんでいるだけのような気がしてくる。



…最後の一匹とのやり取りは、まさにそんな平和なひと時を象徴しているような不毛さだった。


“やだぁ~っ…!!!”


“まだ見つかってないもん゛っ!!”


“……。”


帰りたくないとか。そんな駄々を捏ねるのならまだ良い。

どれだけ抵抗して暴れようと、首元を咥えてしまえば、あっという間に聞き分けの良い仔狼に早変わりだ。


しかし、負けず嫌いとは…それだけで褒め称えられるべき才能だよなあ。


“もう一回やるっ!勝つまで帰らない゛ぃっ!!”


これがまた人一倍、いや狼一倍厄介で、どれだけ甘い声を鳴らして説得しても、一向に泣き止んでくれない。

目を真っ赤に泣き腫らし、大狼を前にして、物怖じ一つせずに物凄い剣幕だ。


俺に対して、ただこの場を去れと要求する。

この隠れん坊の結果は不服であり、やり直しが必要であると。

もう一度、俺が百を数えるまで絶対にこの場から動かないぞ。

そんな鋼の意志が、可愛らしい牙を覗かせた口元から、吠え声となって飛んでくる。


まずいな。これじゃあ、本当に日が暮れてしまう。


“お願いだから、そういじけないでくれ…”


“いじげでな゛いっ!!ばかぁっ…!!”


しまった。余計な口を…


“…だが、お腹が空いただろう?群れの元へ帰れば、両親たちが肉を用意して待ってくれているぞ。”


もしかしたら、もう皆、獲物にありついている頃かも知れぬ。

早い者勝ちだぞ?ほら、さっさと戻らなくては、くいっぱぐれてしまう。


“いいもん゛っ!!まだ遊ぶっ!!”


“聞き分けの無い仔だな…あんまり駄々を捏ねると…!”


“っ……。”


まずい。


“びぃやああああぁぁぁぁ~~~~~~~…”







――――――――――――――――――――――




…もう、俺が何を言っても無駄だ。

こんな失態がバレたら、TeusとSkaに殺される。


この仔が最後の一匹で本当に良かった。

結局、疲れて泣き止むまで、付き合わされる羽目になってしまうなんて。

やはり、ずっと一匹で過ごしてきた俺が親狼の代わりになれる訳が無いよな。



“……。”



そんな自責の中で、ぽとりと、本音が零れ落ちる。


“お前、Skaに似ているな。”


“ぼ…ぼす…ですか?”



えぐっ、えくっ、としゃくり声を上げながらではあるが、若狼は群れのリーダーの名に反応を示す。


“何だか、初めてSkaと一緒にこの森を駆けた時のことを彷彿とさせられたよ。”


ああ、本当だ。


あいつと一緒に狩りをした時も、俺が手加減をして手柄を立たせようとしたのを知って、大層気を悪くしていたよ。


…だが、それだけじゃない。


皆、流石は ‘あの狼’ の子供達だ。

彼らには、天狼の血が、脈々と受け継がれているのだな。

初めて訪れたはずなのに、何処かでこの土地の風景を目にしている。


そして、こうやって遊んだ仲間を、覚えているのだ。




“乗っていけ…群れの元まで送ってやる。”




“他の狼たちも全員、お揃いだ。”


そう微笑むと、背中に乗せた乗客たちが見えるよう、身を伏せた。


“おめでとう。お前が、一等賞だよ。”




“すごいなお前っ!よくこんな場所見つけたなあ…!!”


“ちぇっ…やっぱり、貴方と一緒の所に隠れておけば良かったのね…”


“怖くなかった?俺、早く見つけてくれないかなって、ずっと思ってたから…”


口々に叫ばれる仲間の狼たちの賞賛に迎えられ、目を丸くして固まってしまう。



“そのように、群れの狼たちにも、伝えておいてやるさ。”



“う、うん……。”




ようやく、見つかってしまうのも悪くないと機嫌を直してくれた。

その笑顔が見れたなら、また俺と遊んでくれると期待してしまうぞ。



なあ、神様。

どうして俺が子供の時に、


こんな風に、笑い合える友達を、用意してくれなかったんだ。


今更、感謝しろって言うのか?


俺が欲しかったのは、こんな他愛もない光景だと知っていたのなら。


どうして今になって。






“どうしたの…?”


“…いいや、何でもない。”




さあ、皆の元へ…帰るとしようか。





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