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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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207. ヤルンヴィドの猟神 4

207. Járnvid’s Huntmaster 4


俺が行う狩りの態度(Stance)で、普通の狼と異なる点とは何だろうか。


これだけ長い時間をこの森で過ごしておきながら、その命題に立ち向かわず生き果せて来れたのは。

正解は、目指すべき到達点はただ一つ。完全なるSiriusの模倣で、迷いが無かったからだ。


間違っていて、構わない。別の意見に晒されるのが怖かったと言えば嘘になるが。

それでも、一心不乱に追いかけるべき影が、この森には息づいていたから。


完成した。恥ずかしがらずに、そう言い切って良いと自負している。




従って、これは優劣を決める闘いなどでは無い。

今こうして、俺を、彼らにとっての狼という尺度で推し量ろうとしたときに。

比較が生じるというだけ。


それは、何だ。


答えの出ない堂々巡りという程でも無いのに、一度考え出すと、眠れない夜にぴったりの夜伽だとの思いを強くする。

少なくとも追跡の途中で、意識をそちらに飛ばしてしまう、雑念として付き纏って来そうだった。



“そろそろ、動くとしようか…”



これは、御前試合のようなものだ。


何か一点、大きな違いがあるのだ。

そしてそれを、神々は見定めようとしているのだとしたら。

俺は欺かなくてはならない。


それは、何だろうか。


一匹で狩りをする。その一点に尽きるのでは無いか。

しかしそんな習性は、俺がこの森で孤独に十数年を生きて来たことからも既に明らかになっている筈のことだ。

態々一匹での遂行能力を今更測る必要は無い。


そうなると、何かしらの、神の御業の一端を駆使して、狩りに役立てているか。

あり得そうだ。日常生活で、最もそうした力を発揮できそうな場面で、俺の神としての側面での力量を見ると言うのだ。


だが、そうだとすれば、普段通りに振舞うだけで、話は済んでしまうでは無いか。

何も、臆する必要は無い。

何故なら、実際何も、神の眼に触れてもやましいことは何一つ行っていないのだから。



普通に嗅覚と聴力、そして野生の勘という奴を駆使して、この森を庭のように駆けまわっているだけ。

特別なことは、何一つしていない。

それは普通の狼だって、同じことであるはずだ。



考え過ぎていたのかも知れない。


俺がこうして獣道を駆け抜ける動作に、確かめたい何かがあると踏んだのだが…



“くあぁぁぁ……。”


Teusにさえ見せたことの無いような大あくびをかますと、木漏れ日の温もりを飲み込んで鼻先を舐める。


“もうこんな時間…”


悪いな、Teus。小一時間ほど、窪みに隠れて眠らせて貰っていた。

人聞きが悪いな、別にさぼろうとしていたのでは無い。

手を抜かず、最高のパフォーマンスを示せと要求してきたのは寧ろあいつらの方だろう?

兎と亀を思わせる怠惰っぷりにも、それなりの事情が隠されていると想像するも読書の楽しみに違いあるまい。

別に俺は誰かと競争をしている訳では無いが、タイムリミットである正午までにこの任務を遂行すれば、道中に何をしていようが咎められる筋合いは無いのだ。


誰にも邪魔されることなく眠りこけたお陰で、非情に寝覚めも良く、疲れも取れた。

屋内で夏の日差しも忘れて眠りこけるのも悪くは無かったが、やはり地べたの凹凸に身体を預け、木陰のそよ風に撫でられて眠るのが、一番心地よいと身体は知っている。


やはりこの森は良い。

その考えを新たにできただけでも、対岸で過ごした意義はあった。

済まないが、俺が歩くべき土地とは、お前と違うらしい。




“……。”


さあ、始めようか。




いつも通り、まずは、頭の中で戦略を思い描く。

標的の数から、おさらいだ。

ヴァン川の雑音が薄れたお陰で、よりクリアになったな。

息を潜めた動きは、5匹だ。5匹で間違いない。

大体の方角と距離は既に掴めた。

北西の方角へヴァン川を上って行った先に、1匹。

洞穴がある方角、丘を越えない辺りで2匹。

残りは、その間に点在しているな。

最短経路で、回収していくとしようか。


一方で嗅覚の確度は、薄れつつあるようだ。

元よりヴェズーヴァから流れる東風(ごち)は、彼らの臭いを向こう側へ押し返してしまっていたが、狼たちは更なる攪乱の為に一計を案じていると分かった。


―尿だ。

意図的に自らが通った道脇の大木に、一定の間隔で、縄張り主張の為のマーキングを残している。

初めの一匹は、とんだヘマをしでかしたと思い込んでいたが、いやはやしてやられた。

その場所へ俺を誘導させる為の囮だったとは、どうやら実力を見誤っていたらしい。

目を瞑っていると、全部で10匹余りの狼たちに分身しているように脳裏で描かれる。

これは狼たちの間では、隠れん坊の定石だったりするのだろうか。今度じっくり遊び相手を買って出てみたいな。

兎に角、嗅覚を優先して動くと、惑わされて、却って見つけるのに時間がかかる。


…痕跡を重視して動くとしよう。

地の利は、圧倒的に此方にあるのだ。

Teusは視覚には頼れまいと豪語して見せたが、経験豊富な狼だって、縄張りの外を歩くとなれば、野生の獲物と何ら変わらない。

幾ら慎重に立ち回ろうと、必ず何処かに通った跡を残す。


それは人間には見つけられない微かなサインであったとしても。

その土地に生きる捕食者からすれば、はっきりと、致命的に、その主の数分前を描き出す。


…ほら、もう。囁き声が、聞こえて来るではないか。


視線を足元に降ろして目に留めた痕跡に、俺は思わず目を細めた。

彼らの目線からでは、知覚できないのも無理はない。


冒険心が、一抹の恐怖心と戦う様が見て取れるようなサインだった。

目の前に広がる雑木林の密度を前にして、どの方角へ進もうか迷っている。


初めてこの森を歩いた時のことを、思い出すな。


もし自分が、狩りを目的とせずに、未開の地を縄張りの一部とする為に散策するとしたら。

拠点となる縄張りの最小値から、枝葉を伸ばすようにして、探索域を広げようとするだろう。

何らかの脅威を認め、道に迷い始めてしまう前に、走り慣れた獣道へ戻れるような退路を確保しつつ、歩みを進める。

主流と言う名の公道を歩き、此処からなら、脇道に逸れても良いだろうかと、自ら足を踏み外すことを決意するのだ。


空を覆う枝葉が晴れ、それなりに魅力的な起伏が広がっていれば。

それは狼にとって踏破する理由としては十分なのだ。


前脚で茂みを取り払ってやると、確かに湿った足跡があった。



かなり大きく掘れている。此処から走り出した証拠だ。

臭いの主の、思い切った高揚感が見て取れて微笑ましい。




“愉しませてくれるのだろうな…?”




Garm。

お前が相手をしてやっていたオ嬢とのひと時も、きっとこのように至福の空気を纏っていたのだろう。


お前達もまたヘルヘイムで、群れ仲間たちと同じような遊びに興じている。

そんな気がしてならない。



“……。”



“アウォォォオオオオオーーーーー……”



百まで、数え終わったぞ。


俺は遠吠えで、隠れん坊の始まりを知らせると、

頭を低く下げて、同胞の追跡を開始したのだった。






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