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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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207. ヤルンヴィドの猟神 2

207. Járnvid’s Huntmaster 2


「断る…」


気怠い悪態を吐くと、俺はどっしりと尻を地面につけて首を振った。


「話が違うぞ、Teus…」


「何をいまさら。どうにでもしてくれって、言ったじゃないか。」


それは言葉の綾と言うものだ。

口答えをしたら、厳しく窘められると分かっていても、反駁せずにはいられなかった。

しかしながら俺はまだ、明瞭に不平を並べ立てるだけの鋭い思考を取り戻せていない。


「動きたくない…」


そう呟くだけで、精いっぱいだった。

情けない。聞き分けの無い子供のようだ。


彼が早朝を試験時間として選んだ理由が分かった。

今日は、体力テストの日だったのだ。


幾ら何でも、抜き打ち何て酷すぎる。そういったことは、前もって告知すべきだ。



「一体どっちなんだよ。昨日はじっと突っ立っているのが暇だってずっと文句垂れてたくせに。」


「朝は、身体がだるいから、立ったまま目を閉じていられると思っていたのだ…」


どうにかして睡眠時間を伸ばさせてくれ。

俺が体力を回復している間に、気が付けば全部の測定が終わってくれるのが理想だ。


「さぼる気満々じゃないか!困るよ、ちゃんと真面目にやってくれなきゃ。」


「こんなもの、適当で良いだろう…」


「神の前では、全てお見通しだと思ったほうが身のためだ。下手したら、再試験なんてことになるかも…」


劣等生で結構だ。勝手に期待しておいて、思ったよりも大した狼でないと分かったら、あいつらは約束を反故にするのか?


「そんなことにはならないと思うけど、これ以上面倒な要求をされたく無いのは俺も一緒なんだ。頼むよ?」


お前が両手の平の皺を合わせて祈る姿を拝するようになるなんてなあ。

情けないくらいに、人間様らしくなったものだ。ミッドガルドでも、(つつが)なく暮らしていけそうじゃないか。


だがな、俺もお前と同じぐらいに、己を苦しめた存在の土俵からは降りたつもりなのだぞ。




“よーし、Ska。お前に今日から大狼の称号を与えてやる。”


こうなったら、最後の手段だ。


“え?あ、はい。”


実に名誉ある称号であると心得よ。

俺の代わりとなって、今まで以上にこの群れを支えてくれ。

まずは手始めに、神々の襲撃から、哀れな狼を護ってやるのだ。

何、方法は簡単だ。そいつの影武者となって、彼の代わりに1日を過ごせば良い。


身体能力を測るらしいからな。こいつの側近に退屈し、体力を持て余したお前に適役という訳だ。

元気いっぱい、よろしく頼むぞ。


“それって、本当に光栄なことです?”


何を抜かすか。罰当たりも良い所だぞ。

お前一匹での代走が難しいなら、集団で偽装を試みてくれ。

小魚の群れが同調し合って、巨大な鮫を水中で形作るように、協力して俺を演じるのだ。


“…昨晩、何かそういう絵本でも読みました?”




「ほらほら、ぐだぐだ言ってないで!じゃあ、まずはあんまり動かないで済む奴から始めてあげるから!」


「横になっても、できる奴で頼むぞ。」


「ほんっと、寒いのは苦手だけど、早く冬になってくれないかなあ…」


無論、忌々しい暑さも俺から生きる気力を著しく奪っている要因の一つである。


「同感だな。全くもって。」


Teusの呆れ果てた溜息は聞かなかったことにして腹ばいになると、

腹の下に冷たい大理石の感触が伝わる図書館の玄関を恋しく思うのだった。




――――――――――――――――――――――




彼の配慮には、一応は感謝の意を示さねばならなかった。

少しでも転寝をしたら、即刻身体を動かす種目に変更すると脅されたが、

どうやら、当分はこの姿勢で休んでいて良いらしい。



しかもこんな検査、俺じゃなくても誰かに任せてしまえそうだった。



「この印がわかるね?」


手の平ほどの大きさの木版に刻み込まれた文字を此方に見せて、Teusは言った。



「Tir、だな。」


矢印のような形をしているこのルーン文字、アルファベットだとTに当たる。

お前のイニシャルだ。


「その通り、じゃあ…これは?」


彼は一度それをマントの中に仕舞い込むと、別の木版を取り出して俺に見せる。



いや、どうやら同じものを、回転させただけらしい。


「天辺がどっちの方向へ向いたのか、答えてくれ。」


「右…」


「そう。その調子で、続けてくれれば良いから。」


「…趣旨は、理解した。」




「それじゃ、次はもうちょっと離れて見せるからね。」




“Fenrirさん、あの木の板には、何と書かれていたのですか?”


“…あいつの名前だよ。”


“そうなんですね。次はどんな文字が出て来るんでしょう?”


“それを、今から当てようと言う訳だ。”


“なるほど…それは、難しそうです。”


外套に頭の天辺から足元まで包まれた後ろ姿をぼんやり眺めながら、適当に受け応える。

俺が寝落ちしないよう、話し相手になれと命じられたSkaだったが、視力検査の意味を完全にはまだ分かっていないらしい。







“…いいなあ、Fenrirさんは文字が読めて。”


「はーい、じゃあこれはー?」



30メートルほど離れたところで、Teusは正位置の文字を掲げる。


「上。」


「おっけー、もっと離れるよー。」




“お前なら、すぐに識字ぐらいできるだろうよ。”


根拠も無しに励ましているのではない。

人間の言葉を理解できている時点で、こいつは相当な異能だ。


“ええ。前に一度、Teus様が僕に文字を教えて下さったことがあったのですが…”


ひょっとしたら、本当に読めるようになるんじゃないか。彼ならそう思い立っても不思議ではない。

Skaのことを膝の上に乗せ、毛皮を撫でながら、絵本を広げて読み聞かせる。そんな父親気取りのあいつの姿が目に浮かぶ。


“ですがどれも、同じに見えてしまって…結局、諦めちゃったんです。”


確かに、似たような文字ばかりだが、それには避け難い事情がある。

今でこそ、普通に書物として伝わっているが、昔はああやってTeusが記したように木片へナイフで直接刻みつけて表記することが多かったらしい。

それで、傷跡が擦れて、木目と紛れてしまうことが無いよう、縦長の線と、斜めの短い線を組み合わせたパターンを編み出したのだそうだ。

そうなると、自然と作られる模様も限られてくる。彫る作業も、画数が少ない方が良いだろうから、できるだけシンプルにしようとすれば、猶更見分けやすい特徴も減るだろう。


“そういう訳だ。気にすることは無い。”


“へえ、そんな背景があったのですね。知りませんでした。”




“それにきっと、あいつの教え方が悪かったというのもあるだろう。”


何なら、今度俺が教えてやっても構わないぞ。

特訓すれば、数日で耳で捉えた言葉とスペルを結び付けられるだろう。

ある日突然文字が読めるようになって、Teusが仰天する姿が見ものだと思わないか?


“ほ、ほんとですか…?”


“ああ、お前もそうした能力を会得すれば、今後此処で暮らしていくうえで何かと便利だろうからな。”


夏毛も生え変わったことだし、もう一毛皮脱いでやろう。


“……。”


“あの…とっても、ありがたいんですが…”


“どうした?”



“実は、文字の見分けが付かないのは、形が覚えられないからじゃないんです…”


……?


“本に書かれている文字って、あんなに小さいんですね。幾ら目を凝らしてもぼやけてしまって、輪郭が全く分からなくて…”


右眼に至っては、もうまるで役に立たなくって。

なので…ごめんなさい。お気持ちは有難いのですが、僕の視力じゃ、どうしようも無いです。


“そう、なのか……それは、済まなかった…”


“とんでもないです。此方こそ、すみません。あ、ほらっTeus様がこっち向きましたよ!”


“う、うむ……。”



彼が掲げた木片を一瞥すると、正解の方向へ顔を背けてから、また前脚の上に乗せる。


“それにしても、Fenrirさんって、すっごい眼が良いんですね。羨ましいなあ…”


“……。”




そうか…




段々と、分かって来た。


この調査はやはり、

自分が、普通でないことを明らかにする為のものであるということが。





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