207. ヤルンヴィドの猟神
207. Járnvid's Huntmaster
“ううむ…どうやっても、納得が行かぬな…”
“Fenrirさんっ!僕は!僕はどうですかっ!?”
“お前はさっき持ち上げてやっただろう?あっちへ行け。”
“じゃあ次わたしーっ!!”
“あのなあ、俺はお前たちの遊具じゃないんだぞ…”
「遊んであげなよFenrir。みんな頑張って手伝ってくれたんだからさ?」
「だったら貴様が俺の代わりになったらどうだっ!?」
「そうしたいのは山々だけど、この身体じゃなくても無理だね。自分と同じか、それ以上の狼を抱っこなんて、押し倒されて本当に怪我しちゃう。」
“キュウゥ…?”
「それに、この仔たちを泣かせたら、群れ全体が敵に回ると思った方が良いと思うけどな。」
特にSkaとYonahが黙ってないよ?俺は作戦Sを提案しただけであって、実行せよと嗾けた訳では無いことを此処に強調したいね。
「くっ…」
可愛い顔をしやがって、悪魔かこいつらは。
寝床を人質に取られたのでは俺もお終いだ。拒否権が無いとは、まさにこのことだ。
狼たちが蜂起の手段を忘れてくれるまでは、良い仔にしている他ないのだろうか。
“分かった…ほらよっ!”
“きゃーーーっ!!”
これだけ成長しても、首根っこを咥えられると大人しく四肢を突っ張って動かなくなるので不思議だ。
まあ、口元で暴れられては堪らないので、有難いことではあるのだが。そうした本能も、彼らが親狼に優しくして貰えた記憶が身体に刻み込まれているようで愛おしい。
そして、俺自身も家族の一端を担うことを許されているのは、心の底から光栄であるとともに、
純心無垢な彼らを騙して、愛情を享受をしているような気分にさせられて居た堪れないのだ。
言ってしまえば、彼らが俺やTeusにとって都合の良い愛玩動物に堕していないことを願うばかり。
“Fenrirさんっ!僕とNymeriaお姉ちゃんは、どっちが重たいですかー?”
“うーん…そうだなあ…”
そんなこと、きっと彼らはこれっぽっちも考えてはいないのだろうから。
俺は遠吠えを放つようにして、この仔たちを天高く誇らしげに掲げてしまうのだ。
しかし、こうやって代わり番こに狼の首根っこを咥えて持ち上げても、どうしたってSiriusの方が重く感じることは無い。
何なら彼は、脚の内の一本を木製の義足に代えられている為、骨肉を纏った同程度の体系の狼よりも少し軽い。
もしこいつが俺に匹敵する重量を備えていたとしたら、持ち上げるのに俺の首裏の筋肉が幾らあっても足りないだろうから、あんなことは絶対にSirius一匹では起こりっこないのだ。
それでももう一度、先ほど目の当たりにした奇跡の正体を確かめたくて、延々と同じことを繰り返しているうちに、気が付けば高い所が大好きな奴らの為の、格好の昇降遊具として仕立て上げられてしまっていたのである。
「暗くなるまで、もうちょっと頑張って!」
「くそっ…随分と体力をつけたんだな、お前達は…!」
気が付けば、大人狼たちまで、俺の周りをうろつく始末だった。
何を羨ましがっているのだ。
勘弁してくれ、俺の方がくたくただぞ。
そう言っても、きっと見逃しては貰えないのだろうな。
実に狼らしい執念だ、傍観者であるなら、手放しにそう褒め称えていたことだろう。
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翌朝、二日目の測定が始まった。
「それじゃあ、後半戦、行ってみようか!」
“はーいっ!!”
「……。」
寝覚めは悪夢に弄ばれたかのように最悪だ。
というか、何で早朝に叩き起こされなければならんのだ。
「涼しいうちに始めた方が、Fenrir自身も楽かなって。」
「老人は早起きが日課であるからかと思っていた。」
「何ばかなこと言ってんの、皆この時間帯には目を醒ましてるじゃないか。君だけだよ、寝ぼすけな狼は。」
「……。」
そういう嫌味を気にも留めない胆力だけは見習いたいものだ。
しかしながら、Teusは決して的外れなことを言っているのではない。
狼は夜行性であるというのは、狩りに関して言及しているのなら正しいし、
薄暮薄明性であるというのも、日常的な群れの営みを指すのならこれもまた正しい。
突然群れ仲間たちの間で大合唱が始まるのは、大抵がこの時間帯か、夕暮れの日も地平に溶けてしまった、逢魔が時である。
そのせいで、今日は叩き起こされた。同胞の一匹として、目覚めない訳にはいかなかったから。
それでは、いつの時間帯を主に活動するのが常であるのか。
…身も蓋も無いことを言うと、決まっていない。けっこう不規則なのだ。
それは野生を生きるのなら、当然のことと言える。眠れる時に眠り、獲物が手に入ると判断したならば、どんな時間でも狩りに興じなくては。
だから、Teusの視点から見て、Skaたちが規則正しい生活をしていると判断してしまうのは、ただ単に彼らがお前に合わせてやっているということを忘れてはならない。
…感謝するのだな。皆、お前と一緒にいるのが心底楽しいんだとさ。
喜ばしいことだと思う。だから、きちんと毎日、早朝に目覚めろ。
俺はお前と一緒に野宿をした回数だけは多いんだ。
だから知っている。お前はめちゃくちゃに朝が弱い。
本当は俺と同じぐらい怠惰で、身に纏った温もりを手放すのが惜しいのだ。
“Fenrirさん、今日はTeus様とどんなことをされるんです?”
“知るか。”
“僕たち総出で、お手伝いさせて頂きますねっ!”
“……。”
昨日の一連の出来事で、俺の解剖に協力すると思いがけない遊びの機会に恵まれると味を占めたらしい。
全員が乗り気なのが、非常に気に喰わなかった。
後で覚えていろと負け惜しみも言えないのが、俺の立場の弱さを如実に示しているよな。
…頭がぼうっとして、皮肉たっぷりの台詞が思い浮かばない。
もう、ごろんと腹を見せて、転がってしまいそうだ。
「さあ、もうどうにでもしてくれ。」
今日は、何をすれば良いんだ?