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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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206. 領界船 3 

206. The Omenkneel 3


だがそうして得られた結末とは、俺たちの想像を遥かに超えるものだったのだ。


乗組員たちが順調に搭乗をしていく中、その疑念は既に胸中で渦巻いてはいた。

群れの半数を超えたあたりで、これはちょっと、良くない流れだな、と。

俺一匹が乗船した際につけられた印は、まだ水面から遥か上方で揺れたままだったのだ。


「おかしいな…」


眠ると言いつつ、若干気にはなっていたので、予想では、4、50匹ぐらいに相当するのではないかと見当をつけていた。

ぼんやりと船底の刃物で引っ掻いた傷跡を見守っていたのだが、全くもって、水位が追い付く気配が無い。


本当に、この船は乗客に応じて正しい浸水を示しているのだろうか。

最初は、彼らが舳先からの景色を眺望したいがあまり、船の重心が傾いているせいだと思った。

前のめりになっているせいで、船尾は本来よりも水面から突き出てしまっているのでは。

そう思って重たい身体を持ち上げ、甲板を覗き込むも、元気そうに走り回っている烏合の衆は、寧ろ奇麗に重心を分散させているようだと分かる。


「嘘だろ…」


そして、遂に、84匹の狼が搭乗を許された時。

この大掛かりな体重測定は、とんだ茶番であると判明してしまったのだ。


足りない。それも圧倒的に。

乗組員が誰もいない時の水面がうろ覚えだが、殆ど沈んでいない。


天秤の喩えに則るなら、重たい分銅から手当たり次第に乗せても、反対側の皿に乗った俺は全く持ち上がらなかったのだ。

色々と規格外過ぎたのだ。

俺の体重は、この群れ全員を足し合わせても、到底匹敵しないということになる。



「ちょっとーFenrir、どいういうこと?全然話が違うじゃないか。」


「お、俺が悪いのか…!?」


まあ、良かったじゃないか。彼らも漏れなく皆乗せて貰えて、さぞかしご満悦のことだろう。

そう言いたいところなのだが、船上から此方を見つめる視線は、無情にも冷ややかなものだった。


“な、なんだよ…”


殊遊びと獲物の取り分に関しては、老若男女問わず、譲りたくないと思ったものに関しての拘りは強いものだ。

いつもは慈愛に満ちたやり取りを見せてくれる狼たちも、こればかりは譲れない。


身も蓋も無いが、不平等であると周知されていたのに、これはどういうことだと彼らは訴えている。

定員があるとは、そういうことだ。

誰かはこの船の上で先に遊びまわることを許されて、誰かは指を咥えて、いや、前脚を交互に踏みしだいてそれを見守っているという、格差的構図が必要だった。

そうでないと、自分だけが今、楽しい遊びの瞬間に同席できていて、彼らは我慢をさせられているという愉悦に浸れない。

皆一緒に仲良くお遊戯会、なんて楽しさ半減、これっぽっちも欲してなんかいなかったのだ。


“団結力はいつものことだが、こういう時に限って、子供のように残酷だな…”


全員が無言で、別に責めるつもりはないけれど、と、俺に対して不服な表情を向けていた。


そう、ただ一匹を除いて。




“やっと、僕の番が来たみたいですねっ!!”




“……。”


まだだ、まだ終わっていない。

そうだ、出航にはまだ早い。最後尾が、地上に残っている。


“いやあ、僕の番が来る前に、終わっちゃうんじゃないかと心配でした…!”


もう待ちきれません、僕もみんなの所へ行ってい良いですよね?

舌を垂らしてはっはっと喘ぎ、尻尾をばしばしと地面に叩きつけ、Teusにそう訴える。


「そ、そうだね…一応。」


“うむ…行ってこい。Sirius。”


“はーい!行ってきまーっす!!”


跳ね橋なんて、渡っていられない。助走をつけて飛び込んでしまおうと、駆け出す若々しさが眩しい。




「どうしよう…Fenrirがこんなにデブだなんて、考えもしなかった。」


「誰がデブだ。」


巨体は認めるが、それは聞き捨てならんぞ。

毛皮を分厚く纏っているからそう見えるのだと、お前なら心得ていると思っていたぞ。


「ごめん、それは冗談…でも、どうしようかな。アースガルズには何て釈明しよう…」


兎に角これで、群れの狼は全員乗せ切ったのだ。

それでも推し量ることは叶わなかった、最悪そのように報告するより他、無かろう。

嘘は何も吐いていない。


「そうだね…そう言うしかない、か…」


やれやれ、とんだ徒労に終わったようだな。


とにかく、これで今日の測定は終わりだ、何もしていないのに、もうくたくたに疲れた。

見返りとして頂ける神々のご褒美は、さぞかし贅を尽くした品々ばかりなんだろうな。

割に合わなかったら、俺はこいつらにどんな顔をされるか分からないぞ。


「それは大丈夫さ、きっと食べきれないぐらいのご馳走を持って来てくれr…」


その時だった。




どごんっ……!!




「……!?」


突如船殻より響き渡った、鈍い衝撃音。


「なっ…なんだっ!?」


とてもSiriusが飛び乗っただけで、そんな爆音が鳴るとは到底思えないが。

目の前の光景が、彼によって引き起こされたと信じることはそれ以上に難しいものだった。


「ばかなっ……!?」


船が、ぐわん、ぐわんと、揺れている。


“えっ…?えっ…!?”


あっという間に、甲板の様子が見通せるぐらいまで此方側の岸へ傾いていく。

水面は、船をヴァン川へ突き落した時よりも激しく上下し、岸辺に溢れかえるほどに荒れていた。


狼たちは完全に虚を突かれ、爪を喰い込ませてへばりつこうとするも、成す術もなく甲板を滑り落ちていく。



“まずいっ…!!”



先ほどまでの穏やかな雰囲気は一変した。

もう体重測定どころではない、崖っぷちまで追い詰められた彼らはまん丸に眼を見開き、強張った表情で水面を見つめている。




“みんな跳べぇっっーーーーーー!!”




Skaが大きく吠え声をあげ、真っ先に自らがその指針となって、宙へと身を投げ出した。


とにかく、脱出しなくては。ただ一匹冷静にそう判断できたのが、彼がパックのリーダーたる所以だった。

四肢を上手に使って着地すると、群れ仲間たちに向って叫ぶ。



“ウッフ、ウッフ!!早くっ…!!”



受け身を取るほどの高さでは無い。後は恐怖心さえ乗り越えられれば…



“うわああああああああっっっーーーーー!!”



もう一匹が雄叫びを上げ、船の上から飛び降りる。


“そうだっ、いいぞっ…!!”


するともう一匹、もう一匹と、それに倣って次々と宙へ身を放って行った。


何匹かは、跳躍のタイミングを誤ったか、老体故の力不足で水面に飛び込んでしまったが、それでも泳いで此方へ辿り着くことができた。

皆、安全な陸地深くまで全力疾走すると、すぐさま仲の良い狼の安否を確認しようと互いにすれ違って毛皮を擦り付けて回る。


“これで全員かっ!?”


“…逃げ遅れた奴がいないか、僕が見てきますっ!!”


“俺が探してくるっ!Ska、お前は群れを頼む。”


“分かりましたっ!”


「Teusっ!皆に怪我が無いか確認を急げっ!!」


「了解っ!!」







――――――――――――――――――――――







あわや転覆、水難事故に発展するところだった。

この遊具の使用は、金輪際禁止だな。


幸いにも、負傷者は0で済んだ。

ちょっと足を捻った者も2、3匹いたが、今はもう平気な顔をして歩いている。


あの音は、何だったのだろうか。

結局、分からずじまいだった。


船の底に穴が開いたのか、或いは甲板を支える板の一部が割れたのか。

隈なく調べてみたのだが、何処にも異常は見当たらなかった。

ちゃんと見ていなかったので、記憶は定かでは無いが、

帆を強烈に煽る突風が巻き起こったとも、考えにくい。




だが、一つだけ、分かったことが在る。




俺の体重だ。

狼を乗せてみたところ、今度はぴったりと、俺が沈めた印まで、船が沈んでくれた。


いや、正確には、ちょっとだけ、超えているのだが、誤差の範囲として無視できる。




「一体、何がどうなっているのだ…」


「さっぱり、わかんない…」




なんと、俺の体重は、’狼一匹分’ だったのだ。




“えへへ…”





Siriusは、自分だけが船上に乗せて貰えて、とっても嬉しそうに尻尾を振っている。


ついさっき、あんな恐ろしい思いをしたばかりだと言うのに。

彼はいつだって、勇敢であると思い出させてくれた。


「まあ、良かったね。Sirius。」


ちょっといたずらっぽく笑うので、俺たちは目の前で起きている奇跡を、

ありのまま神々へ報告してやろうと思っている。





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