205. アズガルド派の調査 2
205. Asgardian probe 2
「一年前、君と出会った時から、こうやって身長を測っておけば良かったねえ…」
一通りの体長測定を終え、Teusが測定結果を取り纏めているのをのんびり待っていると、そんな呟きが聞こえてきた。
「やって来るなり、いきなりサイズを取らせてくれとか抜かしていたなら、俺は間違いなくお前を喰い殺している…」
彼から顔を背けて横になっていたのは、無言の反駁のつもりだった。
そうだ、拗ねていると受け取って貰って、一向に構わない。
彼らは俺に対して行った酷い仕打ちを悔いる必要がある。
ただ突っ立って、或いは寝転がっていただけなのに。
狼たちに踏みしだかれたせいだろうか、途轍もない疲労感に全身を固められている。
「でもそうやって毎年君の体格を測定し続けていれば、Fenrirの成長具合を記録として感じられるだろ?…これからどんどん大きくなるのが、楽しみになって来ない?」
「別に…俺の身体も、もうそこまでは成長しないだろうしな。」
「そんなこと無いと思うなあ。Fenrirは自覚が無いのかもしれないけれど、絶対に大きくなってるよ!」
間違いない、Fenrirはぐんぐん成長している。
来年が楽しみだね、絶対同じ日に測定しよう?
「……俺は、突っ立ってるだけだからな。」
バカらしい妄想が脳裏を掠めた。
屋敷の柱に、自分がお座りした時の耳の間の高さに、爪で引っ掻いて印をつける。
その印が、段々と上へと伸びていくのを、二人は楽しみに見守ってくれる。
本当に、何を考えているのだ。
「それにしても、これだけ丁寧に測定したら、服の一着でも作れそうだと思わない?アースガルズの仕立屋に頼んでみよっか?」
「そんなもの、袖を通した途端に、俺の爪が容易く引き千切っている...」
「あはは…そう言うと思った。」
「川の水、飲んで来る…」
…何を考えているのだ、俺は。
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「Fenrir…体重とか…どうやって測ったら良いかな…」
「……」
何故、ついてくるのだ。
お前も喉に渇きを覚えたのか。
そう尋ねた矢先にこれだ。
折角、休憩している途中だったと言うのに。
「お前はこんなことして、本当に意味があると思っているのか…?」
身長測定は、まあ百歩譲って、楽しく思えなくも無かったし、彼らの退屈凌ぎとできたようで良かったが。
お前でもこれは、どうしようも無い徒労であると思うだろう?
「いや…まあ、でも測ってくれて言うから…」
「これって、ご所望のデータは全て渡さなくちゃならないのか?」
「うーん…さっきのは、Fenrirが本気で嫌がったからと言い訳すれば良いかなと思っているけど…」
俺が拒否する理由を思いつくのが早いか、体重を簡単に測量できる方法を閃くのが早いかって訳か。
「それより先に、日が暮れそうだがな……」
どっと疲れが出た。群れでの生活は、体力を著しく消耗するらしい。
このまま帰宅して、今度こそ寝落ちするまで読書に耽りたいな。
ぽたぽたと髭から垂れる水滴を前脚で拭い、鼻先を舌で舐めてから、二人してぼんやりと水面を眺めて、途方に暮れる始末だった。
「ああ…あれだ…船か何かに、重りを乗せれば良いんじゃないか。」
「…なんかあったね、そういうの。何とかの原理だっけ?」
あんまり分かって無さそうな生返事だった。
「アルキメデスの原理だな。」
「……詳しく。」
簡単に述べるなら、水中で物体が受ける浮力は、押しのけた体積の水の質量が及ぼす重力に等しいということだ。
「詳し過ぎ。」
一旦船に俺を乗せてから、同じだけ船が沈むよう、測定可能な別の重りを乗せたら良いよな。
まあ、それだけ堅牢で、大狼が乗っても沈まぬ大船があれば、の話だ。
忘れてくれ、ほんの思いつき、突拍子もない冗談だ…
「…そうか!さっすがFenrir!!」
「つまり、あれか!皆に手伝って貰えば、狼何匹分って換算ができそうだね、頭良い!」
「…まあ、そんな所だ。」
どうにか理解に至ってくれたらしいが、まるで万事解決したと言わんばかりの上機嫌っぷりだ。
「しかし船なんて、此処には無いだろう?」
「あるよ!確か、どっかにしまってある。…Freyaと海岸線沿いに旅行に行ったときに使おうと思って、すっかり忘れてた。」
そんな、ポケットに入れてあるかのように抜かすな。
「でも実際、そういう感覚だからね。あるのは覚えているから、あとはちょっと弄って引っ張り出すだけ。」
一生、会得できない感覚なのだろうな。
少なくとも、今この場で、お前がマントの裏側で懐に手を伸ばしていたのだとしても、俺には分かるまい。
「……?」
い、いや待て。
それはおかしい。何故なら…Teusは…
「で、できるのか…?その、今のお前でも…?」
「え?出来る訳ないでしょ、いつまでも俺を頼ろうなんて、虫が良すぎると思わない?」
「……?」
なんだ、俺にその何かを要求するような眼は。
まるで、Skaがお前に撫でろと無言の圧をかけるようで、全力で無視してやりたい衝動に駆られているぞ。
ニヤニヤしやがって、見ているだけでむかついて来る。
「何が望みだ……?それから今すぐに、そのうざったい表情を止めろっ!!」
表情に言及してしまい、一瞬はっとするも、Teusは気を悪くした様子はない。
それどころか、俺の理解の範疇を超える可能性を示唆してきたのだ。
「君が代理詠唱をしてくれれば良いんだ。」
「……。」
「……は?」
「助かるよ。これからは、俺の代わりにいろいろとお願いね?」
「ちょ、ちょっと待て…お前の代わりに唱えるって、具体的にどうやるのだ…?」
「待ってて!すぐに準備するよ…!」
「っと言おうと思ったんだけど…すぐには無理かも…」
Teusは外套の中から右腕を晒したが、その手に何かが握られている様子はない。
「つい、癖で…」
欲しいものは、気づけば運だけで手にしてきたから。
大した妄言に聞こえるが、実際ついこの間までは、思うが儘に転送と召喚を操っていた偉大なる神様だったのだ。
急に人間としての生活を送れと言われては、不便と文句は垂れずとも、やはり慣れないのだろう。
「魔法陣を描くための、白線ライン引きが必要なのだな…?」
「さっすが、一度自力で完成させているだけある。」
「……。」
そう言われると、極まりが悪いな。
俺はこいつに対して追放呪文を唱えるのに、自らの爪で魔法陣を洞穴の内壁に刻んでいる。
できませんと白を切っても、詮無き事だったのだ。
「しかし、お前の懐に手を伸ばすなんて芸当、本気でできると思っているのか…?」
これは、取り寄せ先の知らない召喚という、なんとも歪な奇跡と形容することができる。
言ってみれば、索引も無しに、読みたい書物を図書館から探し当てるぐらいの難題だ。
見当もつかない広大な森の中で、見ず知らずの大狼に出会えるお前でも無ければ、そんな幸運には巡り合えっこない。
「できるさ。」
しかしこいつは、そう言い切って、
意味ありげに笑うと、人差し指を唇に宛がうのだ。
「何故なら俺は、君に託したつもりでいるからね。」




