204. 難題の予見者 3
204. Thought-Knot Seer 3
まだこの化け物の実力を、神々は見定めかねている。
それは一見して事実だ。
しかし、俺の能力測定に漕ぎ出した発端さえ、必然の産物である気がしてならない。
最悪のシナリオとしては、こうだ。
これは、Teus暗殺の為の口実。
そしてGarmとは、彼らによって差し向けられた、第2の刺客に過ぎなかったという布石。
Lokiでさえ、駒。或いは、都合の良い囮。
最悪の結末としては、上出来であるのだ。
Teusが死に至ること叶わなかった元凶を、この狼に求めることは、ある意味理に適っている。
ならば、彼から守護神を、引き剥がすまで。
いよいよ俺を舞台の上へと引きずり出し、無力な神の成れの果てを、裸にする。
その為の、揺さぶり。
根拠のない陰謀が、疑念の影を醜悪に太らせていく。
百歩、譲るとしよう。
俺が、神々に調べ上げられることを嫌がるのでは。
Teusが鈍感にもその一点見落としたことを、俺は咎めない。
しかしそれでも、やはり問題だと思う。
「―Fenrir?今の話、ちゃんと聞いてた?」
巧妙で、悪魔にも思える誘いに、Teusは快諾してしまった。
付け入る隙を、与えてしまったのだ。
一度取引に応じれば、Teusは俺が表舞台に立つことに対して、躊躇うことを許されなくなってしまう。
それはいずれ、自分たちの首を掻き切る鉤爪となるだろう。
「Teus、やはり考え直してくれないか…」
当然、彼の話を、俺は一切耳に入れていなかった。
その無礼を承知の上で、彼が続けるのを遮ろうと取り合ってみる。
「何言ってんの。逃がさないよ。」
「っ……。」
その言葉は、真意に関わらず、うっと胸に詰まった。
Teus自信の言葉に、思えなかったからだ。
彼が操られているとは、勿論思わなかったけれど。
「俺も、もう逃げないから。ね?」
「……。」
「にげ…な、い…?」
「きついこと、言ってるかも知れないのは、分かってる。」
でも、もう怖がらなくて、良い筈なんだ。
「だからこそ、進んでこの姿を、曝したい。」
俺も、Fenrirも。なりたい存在に、間違いなくなれたのだから。そうだろ?
君は怪物ではなく、狼であって。
俺は神様なんかじゃなく、人間なんだ。
そう、はっきりと言い切って。
Teusはフードを外す。
「逃げないよ……。」
「もう俺たちは、生かされる側の存在。」
「言ってしまえば、無害な牧畜と変わらない。」
「そう、認めてもらう。いや、認めさせてやるんだ。」
「そうしたら、今度こそ。それで俺達の物語は結末を迎えるよ。」
俺もFenrirも、Freyaも、Skaたちも、皆。
生かされた生の中で、望んだ存在を選べる。
「そのために、Fenrir。力を貸して欲しい。」
友から顔を背けられないのを良いことに、
Teusはまっすぐに俺の眼を見つめて、
「……ごめん。」
それから、フードを深く被り直し、
俺なんかに対して、頭を下げたのだ。
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散々迷った挙句、俺はTeusの要請に従うことにした。
なんだかんだ言っても、目下の目的は、目先の利益だ。
俺が此処で我を通したところで、何の国益にもならないどころか、群れを飢餓の危機に晒してしまうことは、重々承知している。
それに、逆に考えればこれは、Teusを護る為の、ある種の抑止力の提示にだって利用できる。
俺が、あいつらに怖がられる分には、一向に構わないと言えば嘘になるが。
ヴェズーヴァに迂闊に手を出すのは危険だ、
力を失った彼の背後には、とんでもなく巨大な狼が控えているのだぞと知らしめるのには、悪くない機会であると。
無理やり、ポジティブに考えられなくもないのだ。
「しかし……何故俺だけ、年齢と名前だけでは、事足りぬのだ。」
「申し訳ないけれど、Fenrir、君をごく普通の一匹としてカウントする訳には行かないからだ。」
「愚門だったな。こんな大狼、あいつらであっても、規格外だろう。」
「うん、その通りなんだけれど。それ以外にも、特筆すべき事柄は山ほどあるから。」
「ふうん…例えば?」
「年齢だね。」
年齢と名前で、大体の狼の体格が想像できるはずだったな。
同年齢の狼とは、比べ物にならない巨体だと言いたい訳か。
「いや、ちょっと違う。そうじゃないんだ。」
「だって…Fenrir今、18歳でしょ?」
「……?」
彼は間違ったことを言っていない。
いや、正確に俺は自分の年齢を自覚している訳では無いが、少なくとも昨年の春先、こいつに17の誕生日を祝われたことを覚えている。
忘れるものか、一生で一番嬉しかった誕生日なのだから。
けれど、それの何が、特異だと言うのだ。
「普通だったらもう天寿を全うしそうな、おじいちゃん狼だよ?」
「……!?」
“Ska。お前、幾つだ?”
“5歳と6か月です。”
“何だと…?ほんの小僧じゃないか。”
“いいえ。もう経験豊富な、壮年狼ですよ。”
それを自分で言えるのか。大した自覚だ。
立派なお父さん狼だから、お前は俺より年上なのではとさえ思っていたぞ。
「どう?分かって貰えた?狼の寿命は、長くてもそれぐらいが限度だと言われているよ。」
二匹のやりとりを見ていたTeusが、そのように補足を挟む。
「そうだったのか…俺はてっきり、育ち盛りの頂点にあるのかと…」
盲点と言うべき知見だった。
Teusは、初めからこの常識を身に着けていながら、それには触れずに接してくれていたと言うことか。
それで、過去の点と点が繋がった。
Teusが、俺の元へ神々に遣わされたタイミングとは、俺が直面していた飢餓以上に、逃れ得ぬ死期であったのだ。
しかし、いつまで経ってもこの狼は斃らない。
何かがおかしい、様子を見に行かせてみようと、重い腰を上げるに至ったのだ。
全くもって、衝撃的な事実が響かない。
Teusに命を救われてからというもの、俺は衰えを感じるどころか、着実に肉付きの良い身体を纏っていることを実感してきたというのに。
「だから、ひょっとすると、君の身体は人間よりの成長曲線を描いている可能性が考えられる。」
君は、老いを止めさせられた神様とは、明らかに違う加齢の仕方をしている。
面白いよね、神様だってびっくりの、究極生命体って訳だ。
生物学的知見の無い俺だって、興味がそそられる。
今までは、そんなこともあまり、気にして来なかったけどね。
「君を客観視することよりも、Fenrir自身を、君の視点で知って、苦しみたかったから。」
「……。」
Teusはそのように微笑むので、居た堪れずに視線をFreyaの方へと逸らしてしまう。
俺のせいで、彼は自らを死に追いやろうと酒に溺れ、銃を突きつけ、そして、死んだ。
そんな薄っぺらい罪悪感にさえ、今の俺には耐えられないと思ったからだ。