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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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204. 難題の予見者

204. Thought-Knot Seer


今までと、何か変わろうとしなくても良いと、Teusは言ってくれた。


君を金網で囲って、この土地に縛り付けるつもりは微塵も無い。

狼の縄張りは、狼自身で決めるべきだ。


ただ、もう、逃げも隠れもしなくて良いから。


Fenrirの縄張りが少し広がったと、考えてくれたら嬉しい。

君が自由に闊歩できる領域の一部が、ヴァン川の対岸に出来た。


だから、好きな時に遊びに来てよ。

それで、もし、疲れてくたくたになってしまったなら、

ここで夜を、明かせばよいさ。




そう、長は仰ってくれたのだ。







“…さーん!Fenrirさーん!”




あり得ないよな。


それで、俺はこんな風にして、


人々が暮らした街路を遮る障害物のように寝そべり、




“起きてください!みんな待ってますよ!”




誰かに起こして貰えると期待して、眠っているふりをするだなんて。






薄目を開くと、罅割れた石畳から溢れ出す雑草が、突風に煽られ踊っている。

もう、冬の毛皮は、生え変わりの季節か。








薄くなった毛皮に、Garmの噛み傷は良く目立つだろう。

彼だって、俺のことを直視するたびに、同じことを胸の内では感じているに違いないのだ。




俺は、ヴェズーヴァで暮らす番狼の群れに加わった。


群れを率いる大狼の帰還としてではなく。




ただ、友の傍らで凡庸に暮らす。


群れの内の一匹。







“分かった……今行く。”




ただ一匹で良い。







――――――――――――――――――――――








広場へ向かうと、既に先客たちが、朝の挨拶に勤しんでいる姿が飛び込んで来た。


人々の行き交う市場を目にしたことは一度も無いが、物語の描写から想像された賑わいを、狼たちはそっくりそのまま実現しているのだと思われた。


目上の狼の首の下あたりを目掛けてすたすたと歩き、自分の耳の間の毛皮がすれ違うようにしてゆっくりと通り過ぎる者。

慕う心が抑えきれず、直接口元を舌先で舐めようと試みては勢いが余り、顔を背けて受け流される者。

彼らの愛情を一心に受け続けるだけで、リーダー格の狼は大変なのだ。

そして、彼らから少し離れた所で、額を恭しく下げ、優しく寄り添うのは、互いを必要以上に意識して、結ばれようかと距離を縮める者たちだ。


平和な朝の時間は、幸せな臭いを充満させ、瞬く間に過ぎ去っていく。


その中心で、二人は座していた。


「あ、おはようFenrir。」


枯れた噴水を囲う石垣に腰かけ、狼たちの忙しない営みを、のんびりと見つめていたTeusは、フードの下から笑顔を覗かせ、手を振ってこっちだよと合図を送る。


その傍らには、車椅子に乗せられ、久方ぶりの外出を愉しむ妻の姿があった。


“おはよう、Freya。”


顔を僅かに傾けてそっと目を細め、挨拶の代わりとする。


彼女は、夫のように変色した素肌を隠そうとはしない。

今までと変わらず、白いワンピースを身に纏うだけで、夏の装いとしては寧ろその方が相応しい。

老婆となっても、分り切ったことだ。

若かりし頃は、美人と持て囃されたに違いないと、その笑顔と、瞳に湛えた光で分かる。



「今日はこっちで寝てたんだ?」



獲物を丸呑みにできそうな起き抜けの大欠伸をかますと、鼻先から尻尾まで、ぶるぶるっと身を震わせる。

あ、しまったなと一瞬思ったが、冬毛も殆ど生え変わってくれていて、思ったよりも飛び散らずに済んでほっとした。


「うむ……ようやく、寝心地の良さそうな場所が見つかったのでな。」


「それは良かった。洞穴みたいに、暗くて静かな場所でないと眠れないんじゃないかと、心配だったんだ。」


Teusの言う通りで、此方に越して来てすぐ、ヴェズーヴァでの寝床を何処に設けるかが日頃の安寧を得るのに死活問題となりそうなことを否応なしに理解した俺は、毎日のように寝床を変えては、身体の馴染むスポットを探し求めて彷徨っていた。


街角で人の通行を遮るように陣取ってみたり、人里はずれの疎らな林間で寝そべって見たり。

物は試しだと、家屋の扉に頭を突っ込んで日よけにしてみたり。


だが、どれもなんだか、落ち着かない。

野生の狼の風上にも置けないが、心の底から休まる感じがしないのだ。

場所を選ばず眠れるべきで、実際、眠れないことはないのだが。


直にこの違和感からも脱せられるだろうと思いきや、益々上昇する気温も相俟って、疲れの抜けない身体は夏バテの危機に瀕していたのだ。


そうして一度、自分が本当に欲している環境とはどのようなものかと考え直した時。

はたと思い当たった。

俺は自身が幼少期に過ごした子供部屋と似た環境を心の底では求めていたのだと気づかされたのだ。


あるじゃないか。

俺でものびのび四肢を伸ばせる物件が、ヴェズーヴァにも一棟だけ。



「そうだったんだ…まさか、複製図書館(バックアップ)が、こんな所で役に立つとはね。」



そう、そのまさかだったのだ。

初めは、理性も直感も激しく拒絶した。

四方を壁に囲まれていさえすれば、こんな場所でも、落ち着いてしまうのか?と。

これはアースガルズへの望郷をきっぱりと諦めた己に対する冒涜であるばかりか。

人間のような暮らしを狼である自分が欲していると認めているようなものだったからだ。


しかし確かに、枕元に大量の蔵書を秘匿しておけるのは魅力的だ。

枕を高くして眠るどころか、それは睡眠障害の魔窟だと言えよう。


この図書塔に対して、あまり良い印象は正直持てていない。

つぶさに調べ回って、罠などが仕組まれていないかを調べ上げて、自分の臭いを至る所に擦り付けて、ようやく(ねぐら)として住み着いても良いかなと思えるぐらいには、警戒心を保てていた。


が、結果はあっけない敗北に終わる。

ひんやりとして静かな書物の森の中で、俺はあっさりと、読書の誘惑も振り切る程に眠りこけてしまえたのだ。


「…皮肉なものだが、結局俺は、檻の隅っこで丸くなるのが一番落ち着くのだな。」


悪夢が襲って来た時のことを考えると、やっぱり俺は、背後を取られぬ壁際にぴたりとくっつきたい。


焚火をすることが出来ないのだけが、玉に瑕だが。

そうしたいときは、吹き曝しの夜空を愉しむことにするさ。




今はそう考え、ひたすらに薄暮の刻を待ち詫びている。





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