201. 予期せぬ助力 2
201. Unlikely Aid 2
「支援物資じゃないかな、きっと。」
Teusの声音は朗らかで、それはこの物語が、期待通りの展開であることを示していた。
「支援だと…?そんなもの、誰から…」
「勿論、決まっているだろ。」
皆目見当がつかず、俺はTeusと同じ視座に立てていないことを痛感させられる。
しかし、この金属箱に特異な呪文が刻み込まれていること、
嘗て目の前の友が俺の為に召喚して見せたそれに酷似していることを鑑みれば、
自ずと答えは導かれそうだった。
「‘神様’ ってのは、ボランティアの精神でやってるものだからね。」
喜捨を謳うなら、これぐらいして貰わなくっちゃ。
その名を誇るなら、何のための奇跡か、弁えてくれないと。
「ま、まさか…」
「そう。父上からだ。」
「アース神族の耳にも、一連の騒ぎは届いていると考えて良いだろう。」
彼方でも地面が割れるほどの混乱があったのかは知らないけれど、異変を感じなかったはずが無い。
予言もちらほらと、囁かれていたはずだ。避けられないからって、何もしなかったんだろうけど。
そのように私見を述べるTeusは、自分に愛想を振り撒いて挨拶をしようと胴を擦り付けてすれ違う狼たちに、干からびた左腕を撫でさせて応えていた。
彼の身体を覆い隠そうとする長たらしいマントは、群れ仲間たちがスキンシップを図るのに頗る邪魔らしい。
身体の一部と見做しているのか、視界が見えなくなるのも構わず裾に突っ込み、するりと抜けていくのを面白がっている節さえあった。
「…こう言っちゃなんだが、自分たちが蒔いた種だ。」
別の神族にまで被害が及ぶような厄災を招いた責任は、重く受け止めて然るべきなんだよ、皆。
「ふうん…」
別の神族、という表現が冷たく引っかかったが、なるほど確かにそうか。
Teusはもう、ヴァン神族として形式上でも迎えられた身であり、番として迎えたFreyaは、その妃とでも言うべき身分だ。
俺も、追放された身である以上、アース神族にとっては、森の中で暮らすはぐれ狼でしかない。
そして、それでいて尚、神の慈しみの対象である、と。
「彼らも、被災地への援助をするのは、寧ろ義務ぐらいに考えているだろうさ。」
神様としてこの世に君臨しているのであれば、尚のことだ。
己の威光を自ら晦ませるような真似は、まさか出来ないだろうよ。
批判というのは、信仰に直結すると言って良い。
だれも自分のご利益にならない神様なんて、祀ったりしないだろ?
「それに、これはお詫びの意味も、込められていると思わない?」
「お詫び…?」
「これでも、王様なわけだからね!形式上は、だけど。」
両腕を腰に当て、お道化て威張った態度を示そうとしているのだろうが、お前が身に纏っている外套が少し膨らんだだけで、外見は何も変わっていないぞ。
「でも友好国に対して、こうやって穏便に済ませようとするのは、外交上とっても重要なことなんだ。」
俺がアースガルズの出身でなくたって、同じ施しを彼らは寄越したと思う。
生活に支障が出れば、正体不明の天災はアース神族の仕業だって不満は、いつ噴出してもおかしくないから。
あとできちんと、ヴァナヘイムにお裾分けしとかないと。
「そうか…大変なんだな、色々と。」
俺があずかり知らぬ所で、結びつきの糸が震えていたことを痛感させられる。
世界の淵がぶつかり合うほどの衝撃、
思えば決して、身内の喧嘩と捉えてはならないほどの規模だった。
回復には、どれだけの時間がかかるだろう。
それまでに、この人間は、どれだけ老い行くのだろうか。
「Lokiが自らのやらかしや、俺達のことをどのように弁明したのかは知らないが、大目玉を喰らっていると良いね。Fenrir。」
少なくともこうして、俺達に救いの手を差し伸べてくれている訳だから、今回ばかりは星界のトリックスターも、言い逃れは出来なかったんじゃないかな。
「だと良いがな…」
Teusが上機嫌に口を滑らせるので、俺ももう他人を嗤うような心持ちでいられた。
実際、その方が気楽だったし、これは俺自身の成長であると思うことにした。
もう一度会えて、なんだかすっきりしたのだ。
俺は下手に、幻想を拗らせ過ぎていたようだから。
本当に二人に会いたかったのかさえ、半信半疑だった。
こうやって、一度突き放すぐらいに距離を置くことができて、
それで段々と、この蟠りが溶けていくのだと思いたい。
次に相見える時があったなら、俺はTeusの隣に並んで牙を剥いてやるんだ、きっと。
「…で、どうやって開けるんだ?これ。」
そろそろ、本題に移らなくては。俺は広場の中央で記念碑のように聳え立つ金属箱を見上げてTeusに問いかけた。
誘惑に負けた若い狼たちが、後ろ足立ちになり、壁を引っ掻いては頻りに臭いを嗅いでいる。
このままSkaまでもが好奇心に屈したら、群れは統制を失うぞ。
「え、知らないよ。開け口とかどっかに書いてない?」
「は……?」
俺にたんまりと食料を持ってきてくれた救世主の台詞とは到底思えなかった。
開け口って…ここから開けてください、とルーン文字で綴られているという意味か?
老化とは、こんなにも恐ろしいものだったのか。余りに惨めで涙が出そうだ。
「しょーがないだろ!?俺はもうそういうことが出来る存在じゃないの!兎に角、どうにかして開ける方法を探さなくちゃ…」
「嘘だろおい…」
俺がゆったり寛げそうなサイズだ。ひょっとすると端の方に小さく呪文のようなものが刻まれているのかも。
そう期待して、ぐるりと一回りしてみたが、それらしき筆跡は見当たらなかった。
「そうなると、天辺に何かあるかも?」
Teusがそんなことを言うので、俺は仕方なく大跳躍を披露してやる羽目にまでなった。
「よいっと……」
背中に乗りたいと叫ぶ小童どもに唸り声を巻き散らし、高みへ上り詰めたが、そこにもやはり、のっぺりとした眩い地平があるのみだった。
昼寝ができそうかなと思いきや、日の光を吸って意外と熱い。
どうやら本当に、説明書は同梱されていないらしかった。
「駄目だな、Teus。こいつは送り返したほうが良さそうだぞ。」
屋上から声を張ると、皆が一斉に尻尾を揺らして此方を見上げた。
思わずふっと笑ってしまった。Teusだけでも、連れて来るんだったな。
「えー、ほんとに、何もない?」
「ああ。この縁取られた文字に、何の意味も無いとすれば、だがな。」
「そんなあ…」
彼は空を見上げるのを止め、がっくりと肩を落としてしまった。
「なんだよもぉ…役に立たない物ばっか寄越すんだから…」
箱の壁を右脚で何の気なしに蹴り、そんな悪態を吐く始末だ。
「やれやれ…とんだ足労って訳か…」
俺も飛び降りるとしよう。
地上の狼たちに、その場から退くよう吠え掛け、
鼻先を舌で舐めた。
「……?」
その時だった。
「あ……」
眼下の縁が、動いているような錯覚に捕らわれる。
隙間が、開いているのだ。
どんどん、広がって、
遂には、足元から音もなく離れていく
「開いた……」
なあんだ。単なる生体認証だったのか…。
そして、壁が垂直から手前へ傾いていると地上の者たちが気づくのには、
「あのばかっ……!!」
手遅れ過ぎるほどの時間がかかるだろうと分かるのは、自分だけだったことを鑑みると。
どうやらこの贈り物は、俺宛てでもあったらしいな。
“ウッフ!!ウッフ!!逃げろーーーーーっっ!!”
“はっ!?はいぃぃっっ!!”
ガコンっ……!!
俺はいち早く加速をつけて飛び降りると、ギリギリのところで逃げ遅れた男が押しつぶされないよう割って入ることに成功した。
「っ……!!」
全身を鈍い衝撃が走ったが、Garmに脳天を砕かれるのに比べれば、屁でもない。
「この、ど阿呆が……」
神様を引退した途端にこれだ。
運が悪いなどという範疇を超えている。
「どうにか、間に合った……。」
金属板が倒れた勢いで生じた爆風を、Teusのマントが孕んで靡き、フードが外れた。
彼は、その場から一歩も動かなかった。
動けなかったのでは、無い筈だ。
脚が竦んだなどということも、よもやあるまい。
「ありがとう、Fenrir!助かったよ!」
来てくれるだろうと、ただ俺のことを信じ切っていたのだ。