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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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201. 予期せぬ助力

201. Unlikely Aid


洞穴の中には、自分なりにお気に入りのスペースがあったものだ。

俺でも広々と寛ぐことが叶う巣穴など、この森広しと言えども、そうそう用意されているものではない。

気分に合わせて、丸くなる凹みを選ぶ贅沢さえ許された洞穴は、まさにSiriusが俺に残してくれた遺産と言って良かった。


決してお気に入りのスポットを拵えてはならない。

日の光に怯えるように、入り口から離れて横になり、惨めに喘いで震えるのが、Teusが来るまでの日課だった。

それでいて、すぐさま外の世界へ這い出ることが叶うよう、最奥に藁を敷いてはならなかったのだ。

悪夢はいつだって息を潜め、俺を洞穴の中に閉じ込めてしまおうと狙っているから。


思い返すと、幼少期を過ごした子供部屋と同じか、それ以上に優しい記憶が詰まった場所だったのだ。

喪失感は墓前へと姿を変え、俺にただこうやって、首を垂れさせる。



昼寝に最適だった一枚岩の台座さえも、吹き飛んでしまった。

今はこうして繁茂する芝生に凹みを作り、毛皮に染み入る雨でもなければ、そこから動かずにいたいと惰眠を貪るほか無かったのだった。


一匹の狼として、あるまじき為体(ていたらく)だった。

室内犬じゃあるまいし、野宿だとか、俺は本来そういう概念を持たないのだが。

恥ずべきことに、上手く眠れない日々が続いている。


大樹の陰に寄り添って、涼しげな風が毛皮を撫でるのも悪くは無いが、

やはり夏の日差しを遮る、あの冷たい岩肌が懐かしい。


今日辺りには、夜通しの雨が降り頻ることだろう。松の屋根では、幾らかの雨漏りを覚悟するより無い。

甘ったれたことだ。どれだけ土砂降りの大雨であろうとも、洞穴から出さえしなければ、ずぶ濡れになることが無いあの安心感が恋しい。

俺はやはり、閉じ込められていることに慣れていた。

窓の外を。別世界のような面持ちでぼんやりと眺めているのが、好きだったのだ。



しかし、何よりも失いたく無かったのは。


Sirius。貴方が傍で眠ってくれている、という慰めだったのです。

言うなれば、私を辛うじて、群れの一匹としてくれた。あの亡骸が。


洞穴を崩落させてしまったこと、今となっては酷く後悔している。

けれどあの時は、後先を考える必要が無かったのです。

もうこの世界で、目を醒ますことは無いと考えていたから。




「……。」




もうちょっと、もうちょっとだけ意識を失っていたい。

ずっとこの調子だ。しっかり休んだ感覚が持てない。

俺も到頭、新たな寝床を探さなくてはならないのだろうか。

嫌だ、此処から、離れたくない。


この森中探し回ったのだ、この洞穴以外に、安寧の場所は無い。

それに、この森に生かされている狼が、今与えられている以上を求めるなど、もっての他なのだ。




けれど、俺がもし。

もし自らに与えた拘束を、忘れることが出来たなら。



或いは、Teusが持ち掛けた提案を、受け入れてしまうのだろうか。







――――――――――――――――――――――




暗雲垂れ込める翌日の昼下がり、再びヴァン川の畔へ赴いた俺は、直ちに対岸の異変を感じ取る。


「やけに、鴉が多いな…」


まだ雨が降るまでには、それなりの時間がある筈だった。

彼らが巣へと戻るまでの僅かな時間に、群れを成して空を飛び回る光景を目にするのはよくあることだが。

それでも日が傾き出してから集まるのが普通だ。


単に、大勢で群がって食欲を満たすだけの死肉が見つかった、と考えるのが普通だろう。

彼らの情報網は、狼に劣らぬ伝達力だ。一羽が見つけ出せば、何処からともなく湧いて来る。


しかし、問題なのは。

向こう側で、どんなご馳走が見つかったのか、だ。



「ま、まさか…!?」



脳裏でぐるぐると回り続けていた会話が、俺に最悪のシナリオを思い描かせた。


「Teusっ…!?」


俺は思わずそう口走り、浅瀬に前脚を浸して身体の動きをぴたりと止めた。


いや、あいつにもしものことがあれば、真っ先にSkaやSiriusが危篤を伝えにやってくる筈だ。

それがFreyaであっても、俺は知らせを受け取ることになるだろう。


冷静さを欠くな。

ヴェズーヴァの誰かに、不幸が訪れた訳では無いのだ。




この胸騒ぎとも言うべき第6感は、俺に別種の警鐘を鳴らしている。




“あ!Fenrirさん。こんにちは、ちょうど其方に向かおうとしていた所でした。”


“Ska…これは一体、何事だ?”


真っ先に出迎えてくれたSkaに事情を聞くと、この騒ぎはどうやら、つい数刻程前のことらしい。

狼たちの間でも瞬く間に広がり、今やヴェズーヴァは人外によって、俄かに活気づいているのだと言う。


実際、久方ぶりに石畳の街路を歩いてみると、まるで幽霊街という印象を受けなかった。

そこら中に狼の気配が蔓延り、此方を覗く視線があちこちから感じられる。


もしヴァナヘイムから遣いがやって来ようものなら、言い知れぬ恐怖に、途中で引き返してしまうことだろう。

彼らが対岸の森へ足を踏み入れられないのと、全く同じ理由だ。


その中心地で、我が友は大狼の到着を待ち続けていたのだった。

傍らには、ひざ掛けに両手を添え、車輪のついた椅子で眠る、Freyaの姿もある。




まさか、総出でお出迎えとは。余程のことがあったに違いないな。




「やあ、待っていたよ、Fenrir。思ったよりも、早かったね。」


ついさっき、Skaを遣いに出したばかりのつもりだったんだけど。

ひょっとして、年取ると時間の経過がはやくなるって話、本当だったのかな?


「…単に、お前の運が良かっただけだ。」




別れてから、たった一日しか経っていないのに。

元気そうな姿を見て、安心してしまう日が来るだなんてな。


火傷したような半身を見ても、なんとも思わなくなるのだけが、今は恐ろしい。




「それで、説明して貰おうか。」



お前は、事情を知っていそうだな。

というより、お前しか分るはずが無い。


広場に鎮座する ’これ’ は、お前の仕業で無いことだけは、確かなのだろうが。


「…これは一体、どういうことだ?」


全ての力を失った神様と、狼たち、そして烏合の衆の前には、



ルーン文字で縁取られた、巨大な金属の箱が鎮座していたのだった。





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