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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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199.老いた蛇 4

199. Old Snake 4


「こう言うと、強がっているように聞こえるかも知れないけど…願ったりかなったりではあるんだ。」


二人きりになって、Teusはそんな風にこれからの話を切り出す。

Skaは満足のいくまで顔面をべろべろと舐め終えると、毛皮をぶるぶるっと震わせ、何処かへ行ってしまった。


「Fenrir。神様が、神様ではなくなる時とは、それはどんな瞬間だと思う?」


「神様と、呼ばれなくなる……だと?」


唐突にそう尋ねられ、俺は真面目に思案などしようとする。

彼自身が、既に神様の地位を失っていることを暗に示唆していることにも気づかずに。


「信仰の対象から、外れたとき、か?」

「ご名答。さすがだね。」


いいや、的外れだった。

地位などという、もはや肩書の問題ではない。


「そういう神様のその後を、俺は知ってる。嫌という程、目にして来たからね。」


Teusには、これから先の自分が歩む道筋を、明確に予見できているらしかった。


「端的に言えば、そういう神様は、’人間’ になるんだ。」


「人間に…なる…?」


俺が、人間となることと、何が違う。

そう尋ねたい衝動に酷く駆られたが、(すんで)の所で飲み込んだ。

Teusが見渡せている地平に俺も立つことの方が、先決だ。


「神様ってのはね、殆ど悠久の時を生きるから、不老不死みたいに思われるかも知れないけれど。あれは信仰の対象として必要とされている限り、存在し続けることを許されているからこその容姿なんだ。」


皆、ある時点から、天啓を受ける。

神様として崇められている限りは、時を止められたように、ずっとその瞬間の姿形を保たされるんだ。

それが、信仰の力と呼べるのかは知らないけれど、少なくとも自力で維持している感覚は無い。


アースガルズに住まう神々は、まるでばらばらの年齢層を有しているように見えるかも知れないけれど、実際の所は、誰にも分からない。

ずっと青年のままで、数百年を過ごす神様だっているし。逆に遅咲きの華が、艶やかな色を見せることもあるだろう。


主神があんな、よぼよぼのおじいちゃんのまま、数千年も生きているのは、そういう訳さ。




すると、神が神様で無くなるのは、この停止していた時計の針が、再び時を刻み始めることと同義と考えられるだろうね。


「つ、つまり…?」


「そう。俺多分ね、急速に老けてくんだと思う。」


「なっ…に…!?」


「まあ落ち着いて。悲しむことなんかじゃないんだよ、Fenrir。」


寧ろ、ようやく健全な、俺達のあるべき姿に戻れたと思わないかい?

確かに、価値があると看做された人間は、世界の発展の為に、できるだけ長生きして、貢献して貰いたいと思うのが自然だろう。

けれど、延命治療も、行き過ぎてしまえば、ただの生ける屍と何ら変わらない。


「いつかは、死ぬんだ。…君も、俺も、みんな必ずね。」



彼はマントの中に隠していた左腕を、白日の元へと晒して、繁々と甲の皺を眺めた。


「こんな身体になってしまったことにも、別に悔いは無い。」


茶色く硬化した肌はうるおいを失い、所々、黒ずんで落ち窪んでいるのが見て取れた。

血の気が、まるで感じらない。Siriusの義足の方が、まだきちんと役割を果たせていそうだった。


「俺の生身の右半身が、この左半身に追い付いていく。」


「そうやって老いて左右の区別がつかなくなった時、俺は……」




「人間としての、寿命を迎えるんだ。」




「……。」


それが、Teusの、Garmによって与えられた猶予に対する自覚だった。


「あ、後…どれくらいだ…」


「自分の年齢なんか、もう忘れちゃったけど。比べ物にならないだろう。本当に一瞬で過ぎ去っていくだろうなあ。」


「……。」




嘘だ。


そう否定して、彼を悲しませるようなことだけは、したくなかった。


本当に、清々しい表情をしていたから。



幾らか心境は理解される。

俺だって、お前が森の中に迷い込んで来たと知った時、

ようやく、殺して貰えるんだと、心が羽を生やしたように軽くなったのを覚えている。



でもお前が、俺を生かそうと、自らの命を捧げてきたことと、

同等の何かが、何一つとして思い当たらない。


何故なら、俺がお前に生きて欲しいと強く願えば、願うほど。

命の糧にと、自らを賭すことを選ぶほど。


お前は悲しそうな眼をして、力なく首を振ってしまうから。




「Fenrir?大丈夫…?」


「……。」





涙を、枯らすなんて。俺には出来なかったのだ。

狼が、死に過ぎる世界を目の当たりにするのでさえ、首元を掻き毟りたくなるほどなのに。


友達との告別など、想像しただけで。

瞼が痛い。眼が痛い。

脳が痛い。

喉が、痛い。


「う゛ぅ……う゛……」


「ふぇ…Fenrir?」


醜い泣き顔だったのだろう。

涙を拭う前脚は無かったから、

こうして咽ぶ声を押し殺すことしか、出来ないんだ。


「ご、ごめんね?Fenrir?あの…」


「その、ちょっと大袈裟だったかも知れない。驚かせるつもりは無かったんだ。

そうは言っても、まだ俺、20代半ばぐらいに見えるだろ?

って言っても分んないか。俺も狼が何歳なのか、ぱっと見じゃ見当もつかないし。

人間として短命に見ても、あと十数年は生きているから。安心してよ、ね?


ただ、真実は、きちんと伝えておいた方が、お互いの為かなって……だから…」




「…うぅっ……あぁっ……うあ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ……」


「……。」


ああ、ごめんな。

もう、耐えられなかったんだ。




「Teusゥゥゥゥッ……てぃう゛う゛ぅぅぅぅぅぅ……」



「おれ゛ぇっ…お゛れえぇぇっ……」



もう、お前の寿命が、あとどれくらいだとか、関係なく。


自分の友達が、死を迎えるときのことを考えただけで。



「Fenrir……」



どうしよう。どうしようと。


あの日のように、ただ狼狽えて。


ごめんなさい。ごめんなさいと仔狼のように震えて。




「……ありがとう。」




涙が、止まらなかったんだ。





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