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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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199.老いた蛇 2

199. Old Snake 2


「そうか…こいつ…」


背中に乗せていたお荷物をゆっくり頭の上へと滑らせていると、俺は余計なことを想い出してしまった。


「泳ぐのを嫌がっていたな…」


四肢で水を搔いているうちに、勝手に身体が回転して体勢を崩してしまうに違いない。

途中で溺れてしまいそうになる恐怖と闘いながら、

大河を横断するのには、相当な器量を要求されただろう。


流木を骨密度と同じように扱ってやれというのが、無理な話なのだ。

義足による走りを覚えただけでも、驚嘆させられたというのに。

この若狼は、努力という名の才に恵まれていると言って良い。


一目見て分かった。彼は、あの大狼と同じ走りの型を持っている。

真似できないな、と思う。

一歩一歩が、あり得ない程に細いのだ。


挫いてしまわないかと不安になるほど頼りなく映るのに、

鋭い眼識によって選ばれた最高の着地によって、接地時間を最小限に止め、

得られた反動で撓る四肢に従い、跳ねるように進む。


その軽々しさと言ったら、羽が生えていると形容する他無い。


天狼と同じように翼を広げ、空を舞うのだ。


許されるのなら、もう一度、見たいなとさえ思う。





「しょうがないな…」





あと、ちょっとだけ先まで、送ってやることにした。


こちら側の岸辺に寝かせて、そのまま立ち去るつもりだったのだが。

俺が陸地に脚を着けないことさえ徹底すれば、対岸の畔で目を醒まさせてやっても同じことだろう。


起きて現実を知ったら、猛烈に激怒するだろうし、少しでも罪滅ぼしをしなくては。

騙された、ずっと一緒に寝ていたと思ってたのに。

Fenrirさんのバカ、大嫌いって言われるのか…

本当に、もう来てくれなくなってしまうな。




そんなことを考えながら川の流れに前脚で竿刺していると、喉を潤そうとしていたことを想い出した。

歩いて身体も温まって来たし、少し口に含んでから、入水するとしようか。

もうちょっと、俺と貴方だけの世界を愉しみたいしな。



「……。」



四肢を全て川辺に浸して、水面に視線を落とす。


「ふぅっ……」


がぶがぶと飲み込んで、ほっと溜息を吐くところまで、まさに一命を取り留めた病人のそれだった。




しかしどうだ。

映った表情は、幾らかましになったのではなかろうか。


溌溂と尖った耳に、夜明けの雪のように青い瞳が、

貴方を彷彿とさせて当然だ。


「……?」


その狼とは、俺では無かったから。




両耳の間から、そいつは顔を覗かせている。


“おはようございまーす、Fenrirさん。”



“しまっt……!!”




寝ぼけ(まなこ)ですらなかった。

にこやか()つ爽やかな笑顔は、彼が俺のことを嵌めた自覚がある何よりの証左だ。

どうやら狼を騙して良いのは、狼に騙される覚悟のある者だけらしい。

いつから、目を醒ましていた。赤仔のように首元の毛皮を口に咥えた時か?それとも、もっと前か?

いずれにせよ、初めからこうなると知っていた。

こいつは俺の背中で、さぞかし愉快な狸寝入りを決め込んでいたことだろう。




“アウォオオオオオオーーーーーーン……”


“ま、待てっ…Sirius…!!”



俺の制止にも構わず、彼は頭上で勝利の雄叫びをあげた。

はりきっていたのだと、最初の上擦った声音で分かる。

この時を、ずっと待っていた。



滅多にないことだからな、自分が先導して群れの遠吠えを誘うのは。

きっとこの上ない喜びに、彼の尻尾は天へと掲げられている。


対称的に此方は、心臓が縮み上がるような恐怖に、全身が強張る。

誘惑に満ちた向こう岸の景色に目をやるのが、これほど恐ろしいことは。


本音を吐露すると、俺とGarmを仕留めんと臨場した、夥しい数のヴァン神族の兵士たちよりも、色濃い絶望を覚えた。


裏切られた気分だ。

まさか、群れ仲間の全員が、共謀していようとは。


“っ……!?”


姿を晦まさなくてはと、判断する間も無かった。


“ウォォォーーン”


“アォォウゥォォォーーーー…”


彼らは狩りの成功を告げる呼びかけへ次々に応えると、瞬く間に対岸の草むらから姿を現したのだ。

よくやった、お前ならやってくれるって、信じていたよ。

そんな新米狼に対する労いが、折り重なって聞こえて来る。


その先頭には、誰よりも息子の帰還を待ち望んで止まない父親がいた。


“シリウスーーっ!!Fenrirさぁーんっ!!お待ちしてましたよーーーっ!!”


“あのやろう…”


ああ、情けない。まるで主人に留守番させられた、飼い犬のようでは無いか。

鎖に繋がれているため、その場を往復することしか出来ないのに、

ぶんぶんと尻尾を振り回して、じっとしていられない様子にそっくりだ。


“はぁ…”


全身の脱力と一緒に、跳ねていた尻尾も萎えてしまった。


…もう、見ないふりをする訳にもいくまい。


これ以上、縄張りに勝手に潜り込む命知らずが増えては、俺の安眠に関わる。

あのバカ親に、仔狼の教育についてきちんと文句を言いに行ってやらなくては。


“フシュルルウゥゥゥッ……!!”


大狼の侵攻の恐ろしさを、思い知らせてやる。

待ってろ。その舌を垂らして満面の笑みでいられるのも、今のうちなんだからな。





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