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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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199.老いた蛇

新章スタートです!!

残りも僅かとなりましたが、どうぞお付き合いください!

199. Old Snake


あれだけ、あれだけ降り注ぎ続けた驟雨が、枯れた。


徐々に小降りになっていった春雨に濡れた木立から滴る雨だれも、遂に途切れる。

朝露を頭から被る、ちっぽけな虫けらの気分も、これでお終いだ。

また、大狼の存在に逆戻りだ。


「…それじゃあ、Sirius。ああ…」


俺は小声で墓標に話しかけると、思ったよりも人間の言葉が上手く出せないことに気が付いて、乾いた鼻先を舐めた。


「行って参ります…。」


この仔を、群れの元へ帰すだけ。

眠っている間に、済ませて来ようと思っています。

すぐに戻りますから、少しこの場を離れる無礼を、お許しください。


良いんです、無理なんかしていませんよ。

俺の涙は、まだ枯れるには時間がかかりますから。




「懐かしいな…」


明け方に住処を抜け出し、獣道を散策する日課が思い出されて、気分が良い。

特に身体が軽くて、調子が良い訳ではないが、俺は尻尾を垂らしたままご機嫌だった。


全てが終わったような錯覚を、日が上り切るまでは、眠気が完全に抜けきるまでは、本当にあったことだと信じることができる。

段々と意識がはっきりしてくるまでは、俺は生まれ変わったような心持でいられたものだ。

夢の中でも、こんな風に自由に身体を動かせたなら、疲れを感じぬまま、ずっとその世界で走っていたいな。


爽やかな空気だ。

けれど、もう澄み切った空気は、鼻先をあまり冷やさない。

草木の臭いが、気づけばずっと濃くなって、漂っている。

初夏の訪れは、視覚より先に、嗅覚が嗅ぎ当てるもの。


此処から更に暑さを増していくと言うのに、早く冬の毛皮を脱ぎ捨てなくては、俺は早々に日陰で喘ぐ日々を送ることになるだろう。




道に迷うことは無かったものの、獣道の傷跡は、未だに生々しい。

見慣れた道が新鮮に感じられるのは、長年の遊び場が失われるようで耐え難かった。

嘗ての、というか、つい先日までの風景が鮮明に思い出されるから、こそだ。

取り戻したい、と強く願う。これは、避け難い天災によるものではないから。

俺に何も、出来はしないのだけれど。




もうすぐ、到着だ。

いつもと景色が違うから、思ったよりも道のりが遠く感じられた。

しかし、此処までこれば、ヴァン川の潺を聞き逃すことは万に一つもあり得ない。

喉が、乾いた。暑さを軽視せず、しっかり水も飲んでおこう。


なんだが、緊張するな。

これぞ童心に帰ったと言うべきなのだ。

人間が暮らす対岸からの視線に怯えながらも、期待と恐怖の入り混じった眼差しを、絶えず草むらから投げかける。


そんな日々に、また逆戻りするだけ。




“さあ、ついたぞ…”


もぞもぞと動いたのが気になり、きちんと眠ってくれていることを確かめる意味も込めて、俺は背中の主へ向けて甘え声を漏らす。


何だか、Teusを背負って歩いているみたいで、懐かしかったよ。

ちょうど、それぐらいの重さだったから。


たった一年で随分と、大きくなったのだな。

そうか、お前たち兄弟は、もうすぐ誕生日だったと記憶している。




有耶無耶にさせないためにも、何か、手土産を持参しておくべきだったかな…

また、果実の実った並木を探し当てる所からやり直しだ。



はぁ…何を考えているのだろう、俺は。

少しでも気を許せば、己に相応しくない日常を享受しようとしてしまう自分がいる。

この手に余る若狼を、対岸へ追い返すだけだったはずだ。

そうだ、平穏は今度こそ、齎されたのだから。




“じゃあな。Sirius。”




根競べは、どうやら俺の勝ちみたいだ。





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