198. Interlude
198. The Poetic Edda
お久しぶりです、灰皮です。
いつもFenrirの話に付き合って下さり、ありがとうございます。
ようやく第5章、兄弟戦争を書き終えることができました。
心残りは山ほどあるのですが、一先ず無事に掻き終えることが出来て、心から安堵しております。
これも辛抱強く投稿をお待ちくださった読者の皆様のお陰です。
この場を借りて、お礼を述べさせてください。
実を言うと、本章を書ききるのはちょっとしんどかったので。
例の如く、小話をさせて頂きたく存じます。
後語りはすべきでないと思いつつも、今回は特別に、裏話のようなものもします。
気になったトピックについてだけでも、読んでいってください。
1.どうしてこんなに長く、取り留めのない章になってしまったのか
2.FenrirとGarm、そしてSirius
3.第6章についてのご案内
1.どうしてこんなに長く、取り留めのない章になってしまったのか
流石に蛇足が多すぎると言わざるを得ませんね。
ここまで間延び?するとは、思ってもみませんでした。
しかし草稿の段階では、少なくとも第4章よりは抑えめで、何ならちょっと物足りないぐらいのつもりでした。
それが此処まで膨れ上がってしまったのは何故なのか。
まず偏に、自分の頭の切れが、だいぶ落ちてきているなあ、というのが悲しい所感でございます。
スマホ脳とやらの弊害なのか、はたまたこれが老いなのか。
昔の文章を読み返していると、もっと理詰めで主張が出来ている気がします。
少なくとも、何を書きたいのか分からなくはなっていないように見受けられる。
長編アニメやシリーズもので度々現れる設定の破綻について、どう解釈するかを論じた考察を自分で繰り返し行っているような感じです。
作者は何故、物語を進めたいばかりに、後付けのような綻びを露呈させるのだろう。自分で書いていて、気持ち悪く無いのか。などと昔は思っていたのですが、最近になってようやく、台本を伴う創作の苦悩が分かってきました。
あれ、強引な展開を望んでやっているのでは無いのですね笑。
細心の注意を払って、設定を描いているつもりでも、
気が付いたら平気で、以前の設定に矛盾した台詞をFenrirに吐かせている。
考えがまとまっていなくて、本当に頭からそれが抜け落ちている。
それに気づかぬまま、引き戻せないところまで書き進めてしまっている。
結局、自分も同じ瓦の碌であったということで。
ただ、それとは別の悩みも抱えているのが、最近の実情でございます。
けっこうな年月をかけて、狼と向き合って来たのですが、
書けば書く程、私の手からFenrirが離れて行っているような気がしてならないのです。
本当に、分からなくなってきている。
書き連ねていくと、自分が思い描いていた筋書から逸れた行動をFenrirがとってしまう。
そんなことが偶に起きるようになりました。
友達が飼っている犬の散歩を頼まれたような感じです。
え?待って?なんでそっち行っちゃうの?言うこと聞いてよ?みたいな。
徐々に、Fenrirが自我を持ち始めている。そんな疑念が頭を擡げるほど。
彼によって生まれた脱線は、数知れず。
Siriusと駆けっこ勝負なんてする気は無かったし、彼に喰い殺されることを狂ったように望むことはしなかった。再び蘇ったGarmを追いかけるのではなく、断崖で成り行きを見守る怠惰も働かなかったし。
最終的には、FenrirはすっきりとSiriusに勝って、強くなったなと言って貰えるはずだった。
何なら、ヴァン神族の介入も、Lokiの登壇も無かった。
終わらない、終わらない…!!
そのせいで、軌道修正に時間をとられ、気づけばこんなに長い章が生まれてしまったのでした。
今は書き終えた安堵が僅かに勝るのですが、それでも
悔やまれるのが、幾つか書き損ねたシーンがあることです。
どうしてもねじ込めなったので。
・どうせ崖の壁を舞台とするのなら、FenrirとGarmが壁を走りながら鎬を削るような、栄える戦闘シーンを描いておきたかった(Siriusがひっついてるので厳しかった)。
・ヘルが瀕死のGarmへ駆け寄って、鼻面に抱き着いてくれるのを、誰にも見られぬよう微笑む描写を加えたかった(Lokiが邪魔した)。
ここで供養しておきます。
2.FenrirとGarm、そしてSirius
――此処からは、本編のネタバレを含みます!!まだ5章を読み終えていない方は飛ばすことを進めます。
初めてGarmが登場したときに、「あれ…もしかしてこいつ…?」
と感じた読者は、素晴らしい慧眼の持ち主です。
なんせ、北欧神話に謳われる狼の中でも、FenrirとGarmは群を抜いて名のあるそれです。
もっと遡ると、唐突に現れたSiriusという大狼の存在から、既にGarmの一端を窺っていたかも知れません。
彼らは殆ど混ざり合うような人格を有しながら、4,5章において語られることになりました。
言ってしまえば、こんな感じ。記号に深い意味は無い。
Fenrir ↔ Sirius
Sirius ∈ Garm
前者は自発的に、後者は少女の願いによって実現した奇跡になります。
すると、こんな風に捉えることはできるのでは無いか、
Fenrir ≈ Garm…?
「FenrirとGarmって、実は同一の大狼なのでは?」
此処では、そんなお話をします。
実際、WikipediaでGarmについて調べてみると、こんな風に書いてあります。
“見た目は狼犬に似て巨大な身体であり、胸元には渇いた血がついており、その胸元の血は死者の血である。フェンリルと同一視されることがある。”
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%83%A0
へー、そうなのか。これは小説のネタになりそう。
神話上で同一人物が幾つかの名前で語られることは珍しくありませんが、信用ならないので(引用も示さないし)、ちょっと深堀してみましょう。
まずは空から攻めてみます。
Falkner, D. E. (2020). Introductions to Other Mythologies. In The Mythology of the Night Sky (pp. 165-191). Springer, Cham.
天文学を神話と結びつけて紹介してくれている本です。
北欧神話のみならず、色々載ってます。
こちらの9章、Introductions to Other Mythologies のNorse Mythologyに、Garmに関する記述があります。
“Garmはあらゆる狼の中で最も偉大な存在であると信じられていました。
彼は冥界の守護者であり、破壊の力の象徴です。
彼に関する文献は少ないものの、Fenrirと同じようにして神話に登場します。
(中略)
ある資料では、Garmがラグナロクの前触れを告げますが、別の文献においてFenrirは自らを岩に縛り付ける鎖を解き放ち、ラグナロクの始まりとしたのです。
ラグナロクにおいてTeusと戦ったのはGarmでした。Fenrirを最終的に縛り付けた際に腕を失ったのはTeusであることを鑑みると、Garmとは実はFenrirであって、これが復讐であると考えるのは自然な推論です。“
It would seem logical that Garm was Fenrirって…
だから文献を示せと。
でもまあ大狼がTeusを殺そうとする理由が、過去の自らの束縛であると考えるのは筋が通っているように見えます。
しかしもっと、確かな情報を乗せてくれている文献を漁りましょう。
Zmarzlinski, A. (2020). The Black Dog: Origins and Symbolic Characteristics of the Spectral Canine. Cultural Analysis, 18(2), 35-74.
此方の主題は神話では無いのですが、
Fenrir, The Many-Named Wolf という説に、このような記述があります。
北欧神話に登場する多くの狼が、フェンリルが別の名前を名乗っていることを示すヒントがいくつかある。ある詩は、フェンリルがラグナロクの間に太陽を飲み込むことを示唆しているが、これは他の場所では嘲りの狼であるスコーエルに許された偉業だ(McCoy/Fenrir 2018, 1)。他にも、「ラグナロクで鎖から解き放たれる」ガルムについての言及があり、これはフェンリルに許された行為である(McCoy/Fenrir, 1)。北欧神話のアイスランド語録である『プロセ・エッダ』は、「ガームはフェンリルの別名かもしれない」と示唆している(Sturlson 2015, 146)。他にも、憎しみの月喰い狼であるハティ・フロズヴィトニッソンが「フェンリルの別の延長である可能性、少なくともガームがフェンリルの延長でないとすれば、ガームの延長である可能性」(McCoy/Fenrir、1)がほのめかされています。
用はGarmも地獄で鎖に縛られていた。Fenrirと同じ境遇では?という話。
結局原典を読むしかない。
エッダのVoluspoに、該当する箇所があります。
Now Garm howls loud | before Gnipahellir,
The fetters will burst, | and the wolf run free;
Much do I know, | and more can see
Of the fate of the gods, | the mighty in fight.
この、the wolf run freeが、どっちの狼を指しているのかが問題。
これをFenrirとするのが一般的だそうで、そうだとするなら彼らは別個の狼として描かれていることになります。因果関係としては、Garmに呼応してFenrirが目覚めた、ということになりますかね。
ここで欠けているピースは、何故Garmまでもが拘束の戒めを受けているのか、ということ。
やはり彼らは同一と捉えるのが、自然ということなのでしょうか。
FenrirがHelと兄妹仲良くヘルヘイムで暮らしている世界線それ自体は寧ろ歓迎なのですが。
ちょっと脱線しますが、“月を追いかけまわしているハティという狼が、Fenrirの延長である”
というのは、そもそも彼がFenrirの息子であるという説があるので、ちょっと違う気がします。
これまたエッダのGylfaginningでは、彼のことがこのように記されているからです。
The wolf, whose eager eye followeth the sun,
The brilliant god, unto the girding sea,
Is Skaull; but Hati, great Hrodvitner's son,
Goeth before the softly shining moon.
英訳がそうなっているだけなのですが、これこそが解釈そのもの。
HrodvitnerがFenrirの別称であることは、ご存じのとおりです。
しかし、一方で月喰らいの狼の別名は、” Mánagarmr”。
これ、”Moon-garm” なんですよね。
初めて知った時、震えました…。
同一人物と考えるよりは、私はFenrirが、Garmに因んでそのような名前を授けた、というロマンチックな展開を想像してしまいます。
結論、はっきりとした答えは出せていません。
FenrirとGarmに関する記述は本当に少なく、どのように解釈するかは非常に悩ましいです。
しかし私は、彼らが密接な関係にありつつも、やはり別個の意志を持った狼である、と考えています。
その理由を、この小説を通して語っていければ良いなと思います。
とは言っても、彼らが混同されるぐらいに、両者を結び付ける出来事がこの物語には必要でした。
どうやって、FenrirとGarmを同じ地平に立たせようか?
そう考えた時に、私は両者の橋渡しとなる“媒介者”が必要だ、と考えたのです。
Siriusの誕生の瞬間でした。
彼の名前にひねりが無いのは、仲介、或いは代名詞としての役割しか想定していなかったからです。
後に、仮の存在と呼ぶにはあまりにも悲運を背負った大狼を描くことになるとは思ってもみませんでしたが。
Siriusを通して、FenrirとGarmがラグナロクにて合流する布石とできればと思い、その論拠をこうして記しておくことにします。
3. 第6章についてのご案内
これで大方、アースガルズでやりたいイベントは終えたことになります。
この物語の結末は、既に決まっています。
後はそれを、私や読者の皆様が、どのようにFenrir自身として体験するかに委ねられている。
我々は、残すところ、あの狼と神様による、悲劇の瞬間を見守るのみとなったのです。
そうは言っても、実はちょっと書いて見たいサイドストーリーみたいのが幾つかありますので、初めはいつものようにほんわかしたやりとりから、段々と不穏な最期へ向かって行くつもりでございます。
ヘルヘイムへ帰って行ったはずのSiriusがFenrirといちゃいちゃする話とか、したいでしょ。したいんです。
あと時間ができたらお絵描きもします、多分。狼が描きたい。
いよいよ最終章の開幕です。
これからも低頻度ではございますが、のんびりと狼たちのことを眺めて下されば、これほど嬉しいことはありません。
それでは第6章、”Binding the Old Gods”
「古き神々への拘束」編で、お会いしましょう。
2023.06.02 灰皮