195. ころして
195. The Last Wish
やあ。迎えに来たのだね。
“ヴゥゥゥ……”
彼のように、読書に励んでおくんだったな。
想像力が乏しいと、こういう所で、苦労するのだと思い知らされる。
彼らの気分に、なったことがなかった。
狼に仕留められる、獲物の気持ちだ。
大狼が無限に貪って来た、一匹一頭の、
逃走劇を終えた余韻を貫く断末魔が分からない。
Fenrirに喰い殺してやると冗談で言われて、心の底から震え上がったような気でいたが。
何だかんだで俺は、あの狼が貫き通してきた鉄の掟に甘えていたのだ。
ああ、俺。
どうやって、殺され、
群れの元へ戦利品として連れて行かれるのだろう。
“フシュルルルゥゥゥ……!!”
「っ……」
こんなに怒りに打ち震えた狼を、俺は今まで目にしたことがない。
見抜いてくれとせがむような怯えが、まるで無いのだ。
嘗て勇敢と謳われた戦士は、歯をガチガチと鳴らせて、呼吸の仕方を忘れてしまった。
Skaでさえ、尻尾を股に挟んで、呆然と立ち尽くす始末。
本能が逃げろと嗾けず、感情の在り処を失って、
ボロボロと、涙が零れるのだ。
Siriusは、Garmより引き継がれた構図を護り、朗々と吠える。
敢えて主の土俵で、人間の言葉を操ってやるぞ、と。
「楽しい狩りであったことよ、Teus。」
I ‘ve enjoyed the chase, Teus.
「しかし、これでどうやら、終局であるようだ。」
But I think we’ve reached the end
「主と、我は…」
and you and I …
“グルルルルゥゥゥゥッ……!!”
「うぅっ…」
“グルルォォォォオオッッッーーーッ!!”
「うぁっ…あぁ…」
Siriusは、怒っている。
挑発的に、彼の友達の最期を軽率に論じるんじゃなかった。
もっと、あいつと同じか、それ以上に優しく接すれば良かった。
やっと、Fenrirが会いたがった、大狼なのに。
“グルルァァァァァァァァッッッッ……!!”
「あぁっ…うあぁっ…うぁぁっ…」
大狼の怒り狂った鼻面が額に触れるほどに近づき、視界を灰色へ覆い尽した。
鼻に醜い皺を寄せ、鋭い眼光で獲物を射抜き、
上唇をこれでもかと捲り上げ、生え揃った牙を晒す。
「ごめんなさいぃっ……ごめんなさいぃぃ……。」
きつく目を瞑って、譫言のように繰り返す。
どうか慈悲を。
せめて、せめて一瞬であってくれ。
首から上をもぎ取るようにでも、
身体を真っ二つに切り裂くのでも良い。
腸を引きずり出して、ぎゃあぎゃあと咽び泣く獲物を横目に貪り喰うような魔性を、
四肢を一本ずつ切断して、懺悔の叫びを拝聴してやるような寛大さを、
どうか見せないでおくれ。
死にたくないと言っているのではない。
断頭台や絞首台の上に立つような、
最低な人生でありましたと歌うような、
その潔さだけが欲しいのだ。
両手を伸ばして、最期を見逃すまいと目を見開く。
「シリウスゥゥゥゥ……」
「あぁっ……ありがとう…!」
無抵抗な死とは。
こんなに怖かったんだ。




