194. 神話解放
194. Myth Unbound
「一匹ぼっちになんか、させて堪るかっ…」
何度も、何度も繰り返し強めて来た決意だ。
「させて堪るかってんだぁぁぁっっ…!!」
どれだけ、引き裂かれそうになったことだろう。
「一人も死なないような戦争が、あっても良いだろうがあああああああっーーーーー…!!」
それでも、諦めたりは、しなかったんだ。
“グルル…グシュルルゥゥゥゥッ……!!”
俄かに、Siriusが苦し気な呻き声を上げる。
無様に倒れたままの俺と違って、耳を傾ける余裕など微塵も無かったろう。
こいつが願った’戦争’ など、狼にとっては、
予てより奏でられてきた、遠吠えのようなもの。
“グルルァァァァァァァァ………!!”
しかしそれ故、響いたのだと思う。
少なくとも、無我夢中で前脚を伸ばすため、振り絞る最期の力になったのだ。
あとちょっと。
あと、ちょっとで。
「……。」
Lokiは叫び声に一瞥の反応を示さずとも、その瞬間を見逃さなかった。
銃口は、
カチャリ…
「じゃあ、撃つべき相手は、」
「こっちってことか。」
「……。」
確と、Teusに向けられていたのだ。
Siriusが僅かに逸らしたかに思えた注意。
その隙を突いて、懐に仕舞い込まれた、Lokiの拳銃へと手を伸ばそうとする。
大きく目を見開いた、兄弟の額に。
「ずる賢いってのは、何も狼の専売特許じゃない…。」
「その布告、確かに受け取ったよ。」
「…これは ‘戦争’ だ。」
「ほんと可笑しい。もう死んでるのに…!!」
どちらかが退治されなくては、この戦争は終わらないよ。
俺の潔白が晴れ渡るか、お前の企みが明るみに出るか。
彼らが怪物で無いと言うのなら、
神に仇為す怪物となるのは、貴方しかいないんだよ。
「死者《Living Dead》には、地獄へお帰り頂こう。」
“やめろぉっ…!!”
「さよなら、義兄さん…!!」
銃口を突き付けられ、取り乱して暴れようなどとする奴は、真っ先に撃ち抜かれる。
そんなことは、彼が一番よく知っているはずだった。
Lokiが掲げたその手首を掴もうなどと、愚の骨頂であると。
ガチャンっ………。
「……?」
カチンッ…カッ…カキンッ…
「……!?」
「なっ…んだ…?」
引き金に、指は確かにかけられている。
しかし、それが、動かない。
無論、Teusには驚いた様子が無かった。
寧ろ、にやにや笑いを始めて絶やしたLokiに代わって、初めて嗤う。
「セーフティーが、かかってるぞ?新米。なんてね…」
落ち着いた動作で、TeusはLokiの手のひらの上から持ち手を掴み、慣れた手つきで銃身をスライドさせる。
ガチャン……
弾詰まりだ。
「ずっと…この瞬間を待ちわびていたよ。」
「お前が、表舞台に立つこの瞬間をね。」
Loki、お前は目立ちたがり屋の癖に、照明に照らされるのに向いていないよ。
自らは手を下さず、自滅的に追い込もうとするその姿勢を崩さずにいれば、
俺は間違いなく、最期には自ら死を選んでいたよ。
「いや…今まさに、お前が願った通りになったという訳かな?」
「でもお前は、もう愉快そうに笑わないね。」
立ち回るのが、うますぎるんだ。
お前に光が当たってしまうと、それが全部、観衆の元に晒されてしまう。
その素行に、気が付いてしまう。
お前は俺に銃口を向けた。
絶対に、向けてはならない相手に、牙を剥いてしまったんだ。
勝てないと、分っていたはずじゃないのか?
だからこそ、慎重に立ち回り、裏から執拗に、俺を罠に嵌めるのを狙っていた。
けれど、ようやくボロを出した。
俺が神様の端くれであることを、忘れかけ、動き過ぎた、お前の負けだ。
「……。」
「つい、かっとなってしまったよ…。」
「確かに、そんなこと言ってたな。戦場に案山子のように突っ立っていても、被弾なんてしたことないって…。」
「覚えていてくれてたんだね。俺の自慢話なんて、少しも興味ないと思っていたのに。」
「でもLoki、お前はまだ、勘違いしているみたいだ。」
「……?」
「さっき、自分で言っていたじゃないか?」
「俺はもう、‘神様’ なんかじゃない。」
「ただの動く ’死体’ でしか無いのだと。」
膝を地につけ、両手をだらりと降ろしたTeusは、晴れ晴れとした様子で、そう言い切った。
「無いよ。今の俺に、そんな力は。」
「そんなものは、失った。」
神様が縋って離さなかった ‘運’ は、俺をもう護らない。
「ほら見て…!!これがその証拠だ。」
「……!!」
彼は、目の前の兄弟にだけ見えるよう、ぼろぼろの衣服を捲り上げる。
「自分で、撃ったんだよ。」
間違いない。君の息子が、証人になってくれるよ。
そう。遂に俺は、俺を守ろうとしなくなったんだ。
「だからこれは…なんていうのかな。もしも本当に、女神様がいるとするのなら。」
「俺に初めて、微笑んでくれたんだと思う。」
ね?Freya。
それと兄弟。もう一つだけ、言っておこう。
これは、本心なんだ。
家族のことは、死んでも守る。
番狼たちの掟は、長が誰よりも護るべきだと思うから。
そうですよね?
ゴルトさん。
「…そうだろう?」
「Sirius。」
“……。”
良かった。
どうやら、間に合ったみたいだね。