193. 僕は主人公なんかになれはしないけど
193. Not a Hero
演劇的で、残酷な最期を演出しよう。
十分に引き付け、Siriusがヘルに前足が触れるその瞬間を狙うんだ。
そう考えたのかも、分らない。
ただ単に、照準を合わせることに、思いのほか時間がかかっただけであることもあるだろう。
或いは、躊躇っている。
思いとどまろうとする己の背中を、誰かが押してくれるのを待っている。
どれも想像できた。
父親としての像が、俺の中で揺らぎ過ぎて。
骨の髄まで腐った、純心なる悪役としてでも、
或いは、最早ただの赤の他人であるとも。
やっぱり本当は優しい、自分が愛した肉親であるとも。
Lokiのことを、俺は如何様にも捉えることができたのだ。
お前のお人好しが、移ったらしいな。
Teusは、彼のことを、どう思っているのだろう。
自らの血を全て抜き取ってでも、この忌まわしき繋がりを断ち切りたいと考えているのだろうか。
だとしたら、Garmの進軍によってこいつに流し込まれた、霜の血という奴は。
ひょっとすると、願っても無い僥倖であったのかも知れないと思った。
「……。」
だからだろうか。
その覚悟に、俺は驚きよりも寧ろ、自然な落涙を覚えた。
少なくとも、この僅かな時間が、
きっと俺の友達に、勇気を与えたのだと思っている。
「触るな。」
「……。」
「Loki。俺の銃に触るなと言っているのが、聞こえないのか?」
「ちょっと借りるだけじゃないですか…」
「お前が扱って良い代物じゃない。時代錯誤の遺物だ。」
「人のこと、言えるんです?」
「だからこその、警告だ。」
「……。」
「…引っ込んでいて貰えませんか。」
幾ら義兄さんの言葉であっても、聞き入れる訳には行かないこともあるのです。
「これは、僕の血統に関する問題だから。」
「悪いが、それは出来ないね。お前のせいで、もう十分すぎるぐらいに、首を突っ込んでしまったんだ。」
「…そんなに、友達が傷つくのは、お辛いですか?」
まさか、本当に仲良くなってしまうだなんてね。
謝りますよ、でも今は、置いておきましょう、ね?
「不毛な口論だと思いませんか?」
言うことを聞く義理は無い。黙っていてください。
「僕が狙いを定めているのは、怪物だ。」
「義兄さんとは、赤の他人であるのだから。」
「ふふっ…」
「他人…だと?」
怒りを通り越した、心底軽蔑した嘲笑とは、少し違う。
Loki、お前は勘違いをしている。
「出すな…」
「……?」
「手を出すなと言っている!!」
首を垂れ、せめてその瞬間から目を逸らそうとしていたかに思えたTeusが、意志の力を見せた。
「俺の ‘家族’ に、手を出すなっ…!!」
「何の話を、しているのです…?」
何を、訳の分からないことを、さけんでいるのか。
完全に蹂躙してしまえたと、悦に入っていたのに。
Lokiは、初めて表情を醜く歪めた。
「あの娘に、そう言われた…!!」
立ち上がろうとして、ふらつき、もう一度膝に手を押し付け、力を込める。
「父親であることを、望まれたんだぁっ…!!」
“やっと、揃うんだもの。”
君は確かに、この世界に生きていては、いけないみたいだ。
“でも私はね、パパとママ、両方が欲しいの。”
“その方が、お兄ちゃんも喜ぶと思うわ。”
“お願い、パパ!!”
「私の ‘家族’ になって、と…!!」
そうだった。
愛情を当然のものとして受け止めるのに、理由などいらないのだ。
「Fenrirにも、言われたんだぁぁっ…!!」
“皆、お前を待っている。”
お前は、蘇るだろう。
地獄を彷徨う民としてではなく。
ヘルヘイムの女神の夫として。
そして願わくば。
この少女の父親として。
もっと、我が儘を零して良いなら。
お前は狼の、お父さんだ。
「父親に、なってくれって…!!」
「あ゛ぁっ…はぁっ…うあ゛あ゛っ…」
半身が、言うことを聞かないのだ。
何度も膝から崩れ落ち、それでも這いつくばらない。
「ごめん、Fenrir……」
「俺はやっぱり、君の友達になんか、初めからなれなかったのかも知れないけれど…!!」
「……。」
「Teus……。」
彼は輝かしい笑顔を、半生半死の表情に作った。
「でもそれで、良いのさ。構わないんだよ。」
「どうせ、もうこの世界では生きていけない身体だ。」
神様とて、例外なんか無い。
お迎えが来たんだ。
遂に死神が、俺のことを連れ去らんと、やって来た。
「だったら、せめて、地獄の底ぐらいでは…」
「望まれた通りに、してあげたいんだ。」
「彼女たちのために、尽くしたい。」
「先に、逝ってしまったFreyaの為にも。」
だからLoki。
これは布告だ。
「お前に、俺の家族は、傷つけさせない。」