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192. 霜のペテン師 2

192. The Frost Trickster 2


怪物。


銃口を向けた相手を形容するのに、彼はそれで十分だと言った。

引き金を引いた弁明を述べるのに、彼はそれで十分だと考えたのだ。



「そ……んな…」


「仮にも…」


「…なんだ、ぞ…?」


激しい動揺に、正しく脈打たぬ鼓動が不安を誘った。


……?


Teusよ。今、何と言おうとして、飲み込んだのだ。


何故、静かな怒りを言葉の端にしかと滲ませつつも、濁そうとする。


耳の悪い狼の、聞き間違いであるよな。


今、ヘルはLokiの、何であると?



「そうだね、義兄さん。僕も、心を鬼にせざるを得ませんでした。」


………?


そうか、確か人間は、血の繋がりを経なくとも、契りを結んだ誰かを血縁のように親しい間柄として呼び合うのだった。


TeusとLokiは、恐らく俺が思っていた以上に近しい、言わば義理の関係にある。

しかし血は、繋がりっこ無いのだ。

何処をどう嗅いでも、Teusからはあいつと同じ臭いなんて漂って来ない。

それだけは、ずっと一緒に過ごしてきた俺自身が、証人となれる。


だから…だからそれと同じだ。

信じ難く、そして耐え難いことだが。


あの少女は、Lokiと何らかの結びつきを有している。

きっと、養子か何か。穴埋めとしての哀れな手慰みの類。

多分、俺を捨てた、その後に。

何か、Teusも隠し続けようとしている後日談のようなものがある。

それが、何かは、俺には分かりたくも無かったから。


察しの良いと悟られぬよう振舞う子供のように、

無邪気で知らないふりをしていよう。


都合の悪いことに、気づかない愚かさを愛想として振り撒いていれば、

僕はきっと、父さんと母さんに嫌われずに済むんだから。



俺は、借りて来た飼い犬のように静かに縮こまっていた。


どの面を下げて、俺の目の前に現れたのだ、とか。

俺がどれだけ苦しい思いをして、父さんと母さんとの別離を乗り越えて来たか、知らないだろう、とか。


毛皮を逆立て、あらゆる記憶を燃料として、敵意の牙を剥きたい。

そんなずっと肝に銘じて来た心構えとは裏腹に。


でもちょっとでも、この嘗て息子だったものに対して、

恰も、あの日の出来事が夢であったかのように、

気安く触れてくれるような真似をしてくれたなら。


俺は今まで抱え込んでいた、お前に対する憎しみが、

ばらばらと崩れ落ちる様を目の当たりにしてしまいそうだったのだ。


だから、無視されている限りは、俺は事なかれ主義となって、それで良いやと。有難がってしまった。

俺は、嘗ての父親に対して、全くの無力で、犬よりも大人しかったのだ。






“ソッ、ソンナァッ…オ嬢っ…オ嬢……”


銃声と殆ど同時に、ヘルは躓いたように倒れ、

それから、河の浅瀬に突っ伏して、ぴくりとも動かない。


“待ッテロ、今行クカラァァ……”


嘘だ。俺が、何度命を堕とそうとも、立ち上がって、

彼女だけは、護らなくてはならないのに。

こんな、ふざけた最期があって、良い筈があるかよ。

俺は、オ嬢に助けて貰うような甘えを、期待してしまったばかりに。


転んでしまった拍子に、電池が切れて眠ってしまっただけだ。

早く、起こしてあげなくては。

いつものように、舌で頬を舐めてあげれば、きっと目を醒まして微笑んでくれる。


そんな、見るに堪えない狼狽え方をしていた。

Siriusは、群れ仲間を失った時も、こんな風に咽び泣いたのだろう。



必死に叫んで這いずるように進む彼の毛皮は、無数の影槍によって貫かれ、

上半身は、空っぽの腹を、骨と僅かな肉片だけで繋いで、下半身を引き摺っていた。



ようやくと、俺は悟った。


地獄界の女王は、確かにこの物語に於いて、唯一無二の力を宿しているのだけれども。

彼女は、自分自身には微笑まない。


己を、蘇らせることは、出来ないのだと。




彼女を死者として、地獄で迎えることになったら?


心の何処かで、そこに差別はあると思っていたから。

Siriusは想像して、絶望しているのだ。




“アァッ……ウアアアァァァッッッ……ウアァァッ…”







「……。」



しかし無情にも、Lokiは撃鉄に親指をかけた。


「心は痛みますよ。僕が蒔いた種ですから。」


そんな悲劇を、とても直視などしていられない。そんな理由ではない。

死んだふりをしている、兵士は念のために何発か追加で打ち込むことを平気でやる。


「けれど時には、人であることを、疑わなくてはならない。」



「喩え、それが…義兄さん、貴方の友達であろうともね。」


「……。」


それぐらいの忠誠心は、弁えているつもりなのです。

しっかりと、示さなくてはならない


でないと、僕は真っ先に嫌われ、つるし上げられてしまうような立場だ。

この血がお嫌いな蛮族も、中にはいるものですからね。


「僕が終わらせてしまえば、誰にも文句は言わせない。」




「はぁ……」


僅かに垣間見せた、面倒くさそうな目つき。

吐いた台詞も、仕方なくとの本性が滲み出ていた。




「…だって、義兄さんだって、人のことは言えないじゃありませんか!」


兄弟って、対称的な性格を分け与えられるものだと考えていましたが。

芯にある所は、似てしまうものなのかも知れない。


そう微笑むと、Lokiは立膝で立ち竦むTeusの、ボロボロに破けたマントの中で僅かに動いた右腕を蹴り上げた。


「っ…!!」


重たい衝撃音と共に、何かの影が、Teusの膝元へと転がり落ちる。

それをLokiは拾い上げると、興味深そうにしげしげと眺めた。


「ふーん、オートマチックですか…」


「初めて見ます。僕のは、シングルアクションなので。」


「何処で、そんなもの手に入れた…」


「義兄さんに憧れちゃって、ミッドガルドで。」


「お前…まさか、本当に……」


「ほら、あと2発しか残ってない。」




初めて見る、そう言いながら、Lokiは慣れた手つきでマガジンを引き出し、背面の穴を確認する。


「結構使ったんですね。弾切れ寸前だ。でも確か、兵士は撃った数を覚えているものなんでしたっけ?」


「誰に撃ったんです?」


「人間では、無いですよね?」


「やめろ…」


「怪物ですか?」


「やめてくれ……」


「それとも、‘狼’を…?」


「やめろおおおおおおおおおーーーーーーーーっっっっ!!!」




「……。」




「お願いだ……。」




「やめてくれ……。」




両手を地につけ、Teusは許しを請うようにして、呻いた。




Lokiは勝ち誇ったような笑顔を隠すのに必死で、殊更に声音を優しく、Teusの首元に浴びせかける。




「勿論ですよ、義兄さん。」


「ほんの冗談!義兄さんは優しいから、そんなことできる筈がありません。」


「だから、僕が代わりに、やるだけの話。」




「これはもう、義父上がお決めになったことだ。」




「それで、良いですよね?」







Lokiは、Teusから取り上げた拳銃を使ってみたくなったのか、

名残惜しそうにではあったが、自分が握りしめていたリボルバーは懐にしまい込んだ。




「…3発あれば、流石に当たるでしょう。」





子供は動き回って狙いづらいが、

今となっては、新しい玩具の試し打ちに最適な、格好の的でしかない。




「さよなら、ヘル。」




「君を、この世界から ‘追放’ するよ。」





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