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192. 霜のペテン師

192. The Frost Trickster


たった一発、そうはとても思えない。

銃声は嫌に長く木霊し、消えぬまま耳へこびり付く。


凶弾に倒れた少女の元へと駆け寄る、大狼の慈愛さえ追いつかない。

その場に居合わせた、全ての登場人物が沈黙していた。





何故だ。


何故、引き金を引いた。


その武器を振るうことを許される神様とは、


そんなにも崇高であると自負があるか。




Teus。教えてくれ。


人間とは、俺が恋焦がれた狼の否定とは、


そんなものか?




「…いやあ、便利なものだ。」


「初めて使ってみたけれど。存外命中するものだね。」


「確かに、頼って縋りたくなる気持ちもわかると言うものだよ。うん。」




その男は、トリガーガードに人差し指を差し込み、

慣れた手つきを気取ってぐるぐると拳銃を回して見たりなどする。


ヴァン神族の群衆を縫って、悠々と前へ進み出た。

遂に、表舞台へと、姿を現したのだ。



「ね?義兄さん。」




悪意をまるで滲ませない爽やかな口調と笑顔。

自分こそは狡猾な醜さを備えつつも、結局は主人公であるのだと疑わない立ち振る舞い。


全部に憧れた。

お前は、いつだって俺が尻尾を揺らして見上げた、英雄(ヒーロー)だったから。




「Loki……。」


全愛の、父親だったから。




穴の開く程に見つめても、乾いた瞳から、涙は決して溢れてこない。

それでいて、俺の空っぽの心の中には、少しの憎悪だって湧き出ては来なかったのだ。


干からびた土地が、黙って雨水を飲み込むように。

唯々、俺は最後に見た父親の顔を、目の前で微笑むそいつで補完することに必死になっていたのだった。




「助けに来た。」


Lokiは呆然と膝を着いて佇むTeusの肩をぽんと叩くと、何も悪びれることなくそう言い放つ。

それだけで、彼は文脈を伴わないすべての聴衆を、味方につけてしまった。

どの口が、などと返すことは出来ない。


自分は、黒幕などでは無いのですよ。

そう信じ込ませるのに十分な演技力に、誰もが引き込まれてしまう。

騙されるな、そう警告の唸りを発せられないのは、俺自身が、その最たるものに他ならないからだ。


The Shapeshifter。

多相の戦士の異名は、何も彼の豊富な現し身を称えただけの言葉じゃない。


最早、この男は、同じアース神族の仲間を救わんと駆けつけた英雄としか見られない。

しかしそれと同時に、怪物たちの侵攻を喰い止めんとする利害だけの一致によって、

奴はヴァン神族にとっての思わぬ援軍にも成り得たのだ。




直々に、手を下してやるまでも無い。

Teusの没落と破滅を、誰よりも嘲笑って望んで来た、あの男が。



「お、前……」



「自分が、何をしたか…」



「分かってるのか…?」



今、此処で、俺達の目の前に立って、笑っているのだ。



「ええ。勿論ですよ、義兄さん。」



そういう風に囁かれるのが、耳を削ぎ落したくなるほど、お嫌いなのでしょう?

でも止めません。これが最も、僕にとって便利で都合の良い、権威を笠に着た自己紹介なのですから。



「…怪物を、対峙してやりました。」





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