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189. ペイン・イズ・レラティヴ 3

189. Pian is Relative 3


“Yonah……”


ああ、美しく響くな。

あの老い耄れも、中々に耳に心地よく綴ったものだ。

人間の言葉であろうと、狼の語りであろうと、

貴女の名前を、貴女の目の前で口にすることが出来て、本当に嬉しい。




“ヤット、ヤット同ジ世界デ巡リ合エタ。”




こんなボロボロの姿で迎えに来ることになってしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

本当は、もっと悠然とした立ち振る舞いで、其方の元へ馳せ参じることを考えていたのに。


毛皮だって、其方に見合うとまでは行かずとも、美しく整えたものを威風と共に纏いたかった。


しかしこうして、我が群れの覇道を邪魔できる者など、誰一匹とておらぬ。

皆で揃って、迎えに来るのが道理というものだが、その先頭は自分以外に務まらない。


全てが、計画した通りに進んでいれば、今頃は、ちょっと胸を弾ませ、どきどきしていたのだと思う。

尻尾なんて、我が儘に振らせたなら子供たちはどうしたことかと戸惑うほどであろうな。

ああ、良い。この日と貴女のことを考えただけで、物思いに耽って何も手につかなくなって当然だ。


前脚を何度か足踏みして、俯きがちに対岸の畔の水面に映った己を見つめて、それから、くよくよとする背中を押されて、決心する。




そうであったな。

其方への求愛は、我の方からであった。




こんな見てくれというか、図体であるから。

群れの長としての役目を周囲から嘱望されることは、ある種の必然であった。


望まれた通りに、振舞ったつもりだ。


狩りが失敗に終わるなど、あり得ぬ。

狙った獲物が、どうして我が縄張りから、逃れ得ることがあろうか。


狩りに脅かされる側に立たされるなど、許さぬ。

人間どもが張り巡らせた、あらゆる罠は、我が群れ仲間には及ばぬ。


全く、構わなかった。

寧ろ嬉しかった。こんな異形を同胞として受け入れてくれた其方らに、一緒に生きることで恩返しがしたかったから。



…しかしそれは、群れの繁殖に、自ら貢献することさえをも、意味したのだ。



どうすれば良いのか、困り果てたとも。

この自分が、妻を迎えるだって?


そんなことが、許されるのか?




今になって思い返せば、愚かしくも、其方を見初めたものよ。




美しすぎる。

そしてそれ以上に、

Yonah、其方は優しすぎるのだ。



ヴァン川の対岸で、罠に絡めとられ、身動きの取れずにいた同胞を救わんと、

自らも罠に飛び込むような雌狼を、放っておけるはずが無いだろう。


“気ガ付ケバ…”


“我ハ……”




口調の境界を感じ取れず、その場にいた全員がはっとする。

今、確かに垣間見えた、大狼の片鱗が。



“フフフ……初恋ノ話ナンゾ、コレッキリダナ。耳汚シヲ失礼シタゾ。”



彼は幸せそうに、それでいて苦しそうに微笑むと、恐る恐るYonahの鼻先に、自らのそれを近づける。

その仕草は、先までの己自信とは、彼女に対する触れ合い方を改めて感じようとしているのが伝わって来たのだった。


確かに、そこに居る。

Garmという名の狼が死に瀕した時、その大狼は表出する。




“確カニ、其方ニトッテ、命ノ恩狼デアッタカモ知レヌ。”


“好意ヲ抱カレルノモ、邪険ニ扱ウコトナド出来ヨウガナカッタ。”


“シカシ…”


“シカシソレデモ、ヤハリ、我デハ其方ニ似ツカワシク無カッタノダ。”



我では、其方を救えなかった。

駆けつけることさえ。


そして、終ぞ、其方と同じ死を、迎えることさえ叶わなかった。




“ズット……ズット、待チ続ケテクレテイタノニナア。”




“アリガトウ、Yonah。”







“……シカシ、コウシテ我ハ、舞イ戻ッテ来タ!!”




“今度コソ、我ハ其方ノ目前デ潰エヌ。”




悠久の時を超えて、我はようやく、其方の元へ、馳せ参じることができたのだ。

心より、光栄に存じている。




“Yonah、モウ一度……我ガ求愛ニ応ジテハクレヌカ?”




そう、今なら、我らの願いは叶うのだ。




“モウ、離レ離レニナラズニ済ムカラ。”




“一緒ニ眠ロウ。”




“コノ温カナ藁ノ上デ。”




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