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189. ペイン・イズ・レラティヴ 2

189. Pian is Relative 2


…こんな晴れ間など、必要ない。

あの時のように、土砂降りであってくれ。


貴方があの裂け目の中へと、光の筋を通って召されていくようで。

俺はまた、傷口に顔を埋めたくなってしまうのだから。


“え……?”


Garmが絞り出した懇願に、我が耳を疑う。


“Yonah、ノ……”


“彼女ノ…臭イガ、スル。”




Yonah、だって…?




寝ころんだ俺の背後から、川辺をばしゃばしゃと駆ける音が近づいて来る。


“ヨ、ヨナっ…?待って…!?”


(つがい)を呼び止めようとするSkaの声、

その制止を迷うことなく振り切り、彼女は走った。


“アァ……ア、ア……”


“ウッフ……ウッフ…!!”




“ヨナァ…”




そう。

彼女は、覚えていたのだ。




喩え、世界に引き裂かれようと。


神の名のもとに、追放されようと。

継がれる中で、姿かたちが変わろうと、



その狼のことを愛しているから。




“クウゥゥッ…キャウゥッ…!!”


“アアァッ…ヤット…ヤット会エタァッ!!”


“ヨナァッ……!ヨナァァッ…!!”




呆気に取られて、Yonahの姿を穴の開く程見つめる。


記憶の中にずっと、彼の面影を秘めていたのかは分からない。

或いは大狼の呼びかけに、眠っていた古の記憶が突如として呼び起こされたのかさえも。


けれども彼女は、

狂ったように尻尾を振り、鼻も牙も欠け、

頻りにしゃくり上げて震え、

ぼろぼろの顔を仕切りに舐める彼女の瞳からは、大粒の涙が零れていた。


“ズット会イタカッタァッ!!ヨナァッ……ウアアァァァ……”


何と言い表しても、陳腐にしかならないが。

時空を超えた、そう言って良いのだと思う。


二匹の再会は、それだけの奇跡が伴っていなければ、とても実るようなものでは無かったから。




“遅クナッテゴメンッ…本当ニゴメンッ……。子供タチノ為ニッ…怖カッタヨナァッ…辛カッタヨナァッ……寂シカッタヨナァッ…”


“俺ガ、俺ガモウ少シ早ク駆ケツケテイタラ…!!”



“貴女ハ死ナズニ済ンダカモシレナカッタノニィィ……”


“別々ノ死ヲ迎エルコトナク、最期ニハ、一緒ニナレタハズナノニィッッ!!”


“俺ノセイデッ…俺ノセイデェッッ…”



“ウア゛ア゛ッ……ウア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ……”




Garmは口を開けば、喉の奥からがぼがぼと血を吐き出し、あの時の彼女に伝えたかった言葉を紡ごうと必死にのた打ち回っていた。




全部が今の彼女に伝わっているのかなんて、知る由も無かったけれど。

彼の想いが少しもYonahに対して空回ってなんかいないことだけは、自分にも理解できた。


決して、侵してはならない時間だった。


人間はおろか、神さえ、他の狼でさえ。

割って入る余地など、微塵も残されてはいない。


それどころか、途轍もない後悔が、押し寄せて来る。


Garmの侵攻を喰いとめようと、必死に抗って来た己の愚かさが。


二匹の狼の愛を引き裂こうとした、無慈悲な神々への加担にさえ思えて。



俺は、この大狼に対して、なんてことをしてしまったのだ、と。


Garmの願いを、Siriusの願いを、


彼の不屈の強さが無ければ、危うく踏み躙ってしまうところだったのだ。







彼は今の彼女がヴァナヘイムで生きる上で与えられた役割を、幾らか窺い知ったようで、Yonahに対して舌先で優しく涙を拭って、こんなことを尋ねる。


“アア、アリガトウ。貴女ハ、ドウダッタ…?”


“酷イコト、アイツラニ、サレテナンカイナイカ…?”


“子供タチハ、皆、無事デ暮ラシテイルカ…?”


ずっと、地獄の底から、そのことばかりを考えていた。

良いのさ、こんな身体。心配なんて、しなくて良い。

もう一度、貴女に会うことが叶うなら、どんな姿になってでも、構いやしない。


“アア、アリガトウ……”


“ソウカ…良カッタ……”




目を瞑って、額をぴたりと押し付け、夫の愛情を感じている様は、

俺が遠目からヴァナヘイムで、Skaに対して示してきた姿そのもので。


Yonahはたった今までのあらゆる記憶を、呼び起こされた過去の名によって欠落させてしまったのでは無いかと不安になるほどだった。


無論、一番その怯えを抱いているのは、Ska自身であろうことは、想像に難くない。



そして、次にGarmが告げた言葉は、それが現実になることを意味していたのだ。



“迎エニ来タンダ。Yonah。”




“……?”



”貴女ノコトヲ。”




“一緒ニ帰ロウ…?”




“皆ガ待ッテル。”




“分ルダロウ?子供タチハミンナ、母親ヲ必要トシテル。”



”アア、愛シイ我ガ妻ヨ。”



“俺ニモ、番ガ必要ナンダ。”





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