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185. 空呑み

185. Sky Swallower


再び俺の口の先に迎え入れられたSiriusは、嘘のように大人しく、幸いにも未だ死を悟れていないようだ。

不思議そうにFenrirの死に顔を覗き込んで、狼の会話を一方的に成り立たせている。


“良かったぁっ…Fenrirさん、僕のこと、分るんですね!”


“目を瞑っちゃったから…でも…でも。死んでなんかいなかったんだ…!!”


“ああ、勿論だ。お前の臭いを、忘れる筈が無いだろう。”


“小さき、勇敢な天狼の仔よ。”


それに付き合わされている、俺の身にもなってみろ。

人形遊びの相手をされている気分だ。

縫いぐるみに命を吹き込み、彼らを通して意志の疎通を図るような。

そんな風に、お前を傀儡として操ることを、何故俺に許す。


この喉首を狙いたいがために、そこまでしたんじゃなかったのか。

それとも、お前は、本気で、こうするしか無いと…?



それも、自分じゃあ出来そうにないから。

俺に半ば命令させようという訳だ。


全く…これじゃあどっちがこの狼の本体か、分ったものじゃあ無いな。


おい、Fenrir。

我が狼。


どうか俺の喉に、吐き気を催させるなよ。

俺は、お前の夢を見おぼえているから。


これからする悪いことが、

どれだけお前にとって、耐え難い罪であるかを理解しているつもりだ。


だが、お前はやったはずだ。


この仔を救うために。


喜んで悪にでもなったはずだ。




“ヨウ、ガキ。マタ会ッタナ。”


下らなくて薄幸なままごとに付き合うのはもう止めだ。

俺はFenrirの口元にSiriusを無理やり押し付けて咥えさせると、此方を向けさせて意地悪く微笑んだ。


一匹ぼっちの空中飛行は、寂しくなかったか?


そう泣き顔を堪えるな。ほら、お前の真後ろに、愛しのFenrirさんは眠っているぜ。

牙を剥くのは、全然かまわない。それぐらいの覇気がある奴が、俺は好きだ。

でも今は暴れようとか、考えるなよ。俺が描いた筋書きをひっくり返す様な奇跡も、もうたくさんだ。


時間が無い。

良い仔にして、俺の話をちゃんと聞け。


ああ、俺からも、ちゃんと俺じゃない臭いがするだろう。こんちくしょうめ。

そうだ、それで良い。

最初からそうしていりゃあ、こんなことにはならなかったんだ。


“フム……”


お前と対話するのは、その、なんだ。

初めてという気はしないな。

語り尽くしたという気さえする。


お前も、そんな感じがしているのだろう。


Fenrirは、お前に並々ならぬ愛情と敬意を抱いているようだから。

お前はその気持ちに応えたくて、必死に不格好な義足を引き摺って歩く日々を耐えてきた。

そうだな?


どうしてそれを?さあな、俺が知りたいぐらいだ。

まるで俺自身が、お前のことを知っているかのような錯覚に襲われる。



Sirius、お前に対するFenrirの感情が、自分のものように共有されてそれを疑問に思えない。



しかし…これだけは、はっきりとさせておこうじゃないか。



“俺ハ、コノ狼ガ嫌イダ。”



大嫌いと言って良い。

こいつとは、常に正反対の思考を抱いていたかった。

徹底的に反駁したいと、それだけを常々念頭に置いて、この数時間を立ち回って来た。



だが、


ふん。まあ、そうだな…



“可愛イナア、オ前。”


ちょっと鼻先を押し当てただけで、彼は目を丸くして瞬かせる。

可愛がってくださいと言わんばかりの無抵抗だ。


お前、狼どころか、誰にでも好かれるんじゃないか?


番狼には、まず向いていない。

番犬ですら、務まらないだろう。


思わず、笑顔になってしまう。



俺達が暮らしてきた世界も、存外に悪いものだとは、思わないが。

お前が訪れるには、ちと早すぎるという意見にも賛成だ。



“俺ハ、オ前ニマダ生キテ欲シイヨ。”





うん、可愛いぞ。Sirius。




“食ベチャイタイクライニ、ナ。”


“……!?”


おお。いかん、いかん。

寓話で己の口が大きい理由を赤頭巾に明かす悪役に似ていたからだろうか。

つい、ぞっとする笑みを浮かべてしまった。


でも、俺に与えられた役割など、そんなもので良いと思う。

実際、お前には、俺の中でしっかりと生き永らえて貰わなくては困る。


助け出されるのだ。

狂った趣向に酔った猟師によって、腹の毛皮をじょきじょきと鉄バサミで切られて。

胃袋の中から。


言っている意味が、分かるか?



“へ……え…?”



俺は、お前を救う箱舟になろう。

救出船と言っても良い。


俺には翼が無いからな。

捧げてやれるのは、この身体だけだ。

頑丈は骨と、詰め込まれた臓器の中で。

緩衝材に包まれた状態で、落下する。


ひょっとすると、或いは。


助かるかもしれない。


お前が俺達の幸運を全部しょい込んでくれればの話だが。


賭けてみる価値はありそうだな。



“……っ?…まって、Fenrirさん?どうしてっ…?”


一瞬だけ宙を浮いた、Siriusの背後で、無情にも開かれる大狼の口。

その内部は既に唾液を失って渇き、薄暗い洞穴と何ら変わらない空間が奥へと広がっていたのだ。


そうだ。

それがお前のお家だよ。

飛び込んでしまいな。

ちょっと床が湿ってうねるかも知れないが。

きっとお前を柔らかに包み込んで、

守ってくれる。


“いやだっ…やだよっ…”


“Fenrirさんっ…お願い、僕を一匹ぼっちにしないで…”




バクンッ…



“……!!…!!”




ゴッ…ゴリッ……




ゴクンッ…




無情にも飲み込まれてしまった哀れな仔狼を想うと、この怪物は、やはり憎まれるべきだという考えを新たにする。










間もなくだな。直感で分かる。



完璧で、致命的な、飛び込みを決めてやろう。

一生の設計図であり、俺自身の青写真だ。

嘘よりも遥かに、壮大であった。


死刑宣告を言い渡されたのだ。

この世を乗り切ることは、出来そうにない。



“ハァ…”



最後の晩餐ぐらい、もっと旨いものを喰いたかったなあ。


生きる糧にもならぬとなっては。


これは、狼の破滅を招く、驕りの浪食とでも呼んだら良いのか。




違うさ。


俺はこの翼を授かった狼を産み堕とすんだ。


こいつが生きるための一飲みであったなら。


俺は、それまでの間の、仮初の母体に過ぎない。




だからこれは…




これはやはり、狼を繋ぎ止める鎖であるのだ。





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