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174. 術中の足掻き

174. I know I said I was under our spell


薄ら笑いを浮かべていたFenrirは、初めその言葉が信じられない様子だった。

俺を救うことの出来る奴など、もうこの世には存在するまいと満足げでいやがったのだ。

悦に深々と浸り、毛皮に沁みる春雨すら心地よいと目を細めていたところに水を差され、

舌をしまい込んで、真顔に戻る。


“正気か…Garm?”


春雨が髭を伝って、谷底へと吸い込まれていく。

お前が狼の言葉で対話を続けてくれていたことに、少なからず感謝しなくてはならない。

周囲には水滴が打ち付けるような枝葉も、硬い地面も見当たらなかったが、谷底から重なり合って反響してくる雨音が、周囲に立ち込めて水中の如く耳を塞ぐ。


それは、ごう、ごう、と、地獄からの呼び声を思わせる呻き声を思わせた。


“此処を、自らを眠りに導く墓場に選んでくれる、と?”


“ソウジャナイ。”


“貴様ヲ葬ル、戦場ニ選ンデヤッタダケダ。”




Fenrirは、呆気に取られていた。

まさか俺が、Teusに託されて、この地にまでやって来とは、思わなかったからだろう。


俺だってそうだ。

偶然にも、あいつと目的が一致してしまったが為に、こうして手を貸してやっているに過ぎないのに。

それが嫌で堪らない。


だが、あいつも俺も、お前を阻止したがっている。

ヘルヘイムの番狼達も、ヴァナヘイムの番狼共も、


そしてFenrir、それからSirius。


この物語から、忘れ去られて欲しくは、無いのだとよ。




Fenrir、俺は最後の一匹を喰い殺し、今度こそ目的を果たさせて貰う。

ヴァン川の対岸へと至ることを、拒む奴はもういなくなる。


そうしたら、それが俺の望んだ結末だ。




“あ、はは、ははは……”




奴は目を大きく見開き、さも馬鹿にしたように哂う。

逃げ場を失いつつあると気付かされたのだろう、今にも破顔しそうな表情を必死に取り繕うとしているのが見て取れた。



“だが拘束に、変わりは無いのだぞ…?”



“ドウイウイミダ?”


“自覚しているんだろう?お前はもう、俺には勝てない。”


俺が出し抜かれたのと同じ様に、今度はお前が罠に嵌ってしまったんだ。



Garm、お前は見事だった。

手も足も、出なかったよ。


春林をへし折りたくないなどと、情を見せて、

俺が唯一お前に触れられる手段を手放したのが、運の尽きだった。

危うく、お前の牙が、俺の命に触れる所だった。


此処で終わっても良いと、言えなくなってしまった。

Teusに、合わせる顔が無い。

折角、こうして再び命を吹き込まれたと言うのに。


だが、今は妙な気分だ。

俺の中に植え付けられた、もう一匹の狼の声が、聞こえてこない。

きっと、傲慢極まりない俺の振舞に、愛想を尽かせて、出て行ってしまったのだろうな。

だが、それで良い。

やっぱり俺は、一匹ぼっちだ。


“次はお前が、自らの武器を捨てる番だ。”


多分、薄々と感じているのだろうが、

俺達は、似通った身体能力を身に着けていながら、信じている動作が違う。


それは、咄嗟に走り出す時とか、相手に牙を突き立てる時に、無意識のうちに癖として出て来るものだ。


低く構えよ。

それが俺の、信条だ。

我が狼の教えの通りに、基本に忠実に、立ち回って来た。

俺達が狙うべき獲物とは、この地面から決して離れることは出来ないから。

這いずり回るようにして、地上を制せよ、と。


だから、お前に何度も脳天を踏みつけられ、屈辱的な格好のまま、頭蓋を何度も潰されかける。


お前は逆だ。

まるであの狼と同じように、翼を広げる。

自らの首元を晒してでも、空を舞うんだ。


気が付けば、お前はいつも俺の視界にいない。

この眼球は、左右と、それから自分より下を見降ろすようにしか動かない。

当たり前だよな?生まれてこの方、一度しか、自分より大きな生き物と対峙したことが無いのだから。


どれだけ意識したって、本能の索敵範囲が、お前の飛翔を捉えようとしてくれない。

額の目の前まで音もなく迫った爪先に、手遅れになるまで気付けなかったんだ。


狼離れした、脚捌き。

それが俺にとって一番、苦手だった。


瞬く間に周囲の情景を読み取り、我が物として利用してしまえる。

どんな地形も味方に付けて、俺の弱みを、強みに変える。


ずっとこうして縄張り争いを続けてきて、否が応でも驚嘆させられた。

とりわけ、地に対して空を得意とする、その戦闘スタイル。

それを阻止すべく、地に足を着けさせ縛り付けた。


“良ク喋ルジャナイカ……”


右足首の震えが、全身に伝わり、毛皮がなければ青褪めている。

3本脚でも、平地なら十分にリカバリーが効くかも知れなかったが、

今は崖に張り付いているだけで、精一杯なのだ。

地面を軽々と蹴り、奴の視線を俺から外すような動きは、もう出来そうにない。

周囲には、俺から注意を逸らさせてくれる立木も、足元を掬ってくれる障害物も無い。


心底、驚嘆させられる。

ほんの少しの情が禍いしているものの、やはりこいつは、きっちり殺しの準備だけは、済ませていやがったのだ。



“そうだ。少しでも俺へと流れた機運が傾くよう、饒舌を気取っている。”



攻めに転じたくば、天へと登って見降ろせ。


守りに徹したくば、自らを落として見上げよ。


雨も、十分に考慮に入れて動くべきだ。

沁み込む前に水滴は、垂直な崖を伝って流れて行ってしまうから、

岩肌は、思った以上に足が滑る。


アドバイスにもならないかも知れないが、俺が共有できる事前知識はそれくらいだ。


お前なら出来る筈だ。

Siriusは通い慣れたこの道を、月明りの差し込まぬ闇夜でも這い廻っていたぞ。


その大剣は、やるよ。

ハンディキャップのようなものだと思って、受け取って欲しい。

それに俺は、とんだお荷物を背負って、相手取らなくてはならないからな。


噛みつけなくても、勝負にはなるだろう。


落下死が、十分に狙える土俵であることを、互いに認識しておこうでは無いか。




今だけは、侵入者から故郷を護る英雄の気分で、何の迷いもなく、お前に対峙できそうだ。


“やれるものなら、やってみるが良い!!”


“ま、待ってください!Fenrirさん……”


“グルルゥゥゥッッ!!”




Garm。健闘を、祈っている。




春霖の雲間は、容易く途切れぬ。


この戦いが終わるまで、互いが日の目を見ることは無いだろうよ。





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